第56話「蹂躙」
王都とモルネスの狭間にある地・トゥルイ。
ダオルト伯爵家の治めるこの地にて、いま二つの軍勢が激突していた。
「押し返せ!ここトゥルイは代々我が一族が治めてきた土地!ここで敗れては御先祖様に申し訳がたたんぞ!」
戦場の真ん中でそう兵たちを鼓舞する壮年の男。彼こそ、ここトゥルイの領主・ダオルト伯爵その人であった。
彼自身もまた得物の大剣を存分に振るい、数多の敵兵を薙ぎ払う。
しかし、斬っても斬っても敵の勢いが衰えることはなく、次第にダオルト軍は押されはじめていった。
それもそのはず、今ダオルト軍が相手をしているのはストーレイ=ホッジソンの号令に応じ挙兵したカスティーネ派貴族諸侯による連合軍。
ダオルト軍2500に対し、敵連合軍の数はゆうに万を超える。4倍以上の敵を相手にこれでもよく善戦しているほうであった。
ダオルト伯爵家はコンドラッド伯爵家がシアンを奉じて挙兵した際、コンドラッド家に兵こそ貸さなかったものの金や兵糧、武具など様々なものを支援していた。
結果として、そのことについて宮廷より弁明のために上洛するよう求められたがこれを黙殺。そのため、此度の討伐対象となった。
「クソ!相手が悪いか……。だが、まだ勝機は……」
ダオルト伯爵はそう呟くと、戦場左にあるゆるやかな丘を見上げた。
じきにここにオルセイン子爵家より援軍が到着する手はずとなっていた。
オルセイン家とダオルト家は領地が隣接していることもあり、付き合いが長い。そして此度の内紛においても、オルセイン家はダオルト家と同じくシアン派の立場であった。
敵がいかに強大でも両家がうまく連携すれば十分に勝機はある、ダオルト伯爵はそう考えていた。
だが。
「申し上げます!オルセイン子爵の軍勢、我が軍の背後に出現。わ、我が軍を攻撃しています!」
「な、なに!」
伯爵の希望は無惨にも打ち砕かれてしまった。
オルセイン子爵の裏切りにより、ダオルト軍は壊走。伯爵自身も討ち取られた。
こうしてこの戦いはカスティーネ派貴族諸侯軍の完全勝利に終わり、トゥルイは紅蓮の炎に包まれた。
この戦いの顛末はすぐさまオータスの耳に届けられた。
オータスは急ぎ皆を集め、軍議を開くと、こう言った。
「トゥルイがカスティーネ派の貴族諸侯連合軍によって落ちたことは知っているな。これに加え、さらに王都より約6万もの精鋭がこちらに向かってきている。両軍は近々合流し、このモルネスに押し寄せてくるだろう。此度ばかりは前回のような姑息な策でどうにかなるものではない。そこで、だ」
オータスはそう言うと、地図を広げ、とある場所を指さす。
その指した場所はカーライム王国のはるか西であった。
「国境を越えたその先、ジェルメンテ王国東域。ここに確かまだ先王の命により出陣したスペンダー公爵ら遠征軍が身動きを取れずにいたはずだ。これを我ら陣営に取り込む」
その言葉に誰もが驚いたが、しかし反対する意見は出なかった。
もはやそれしか敵軍に対抗する術がないことを皆わかっていたのだ。
翌日、使者としてミーナが国境を越え、遠征軍の陣へと向かった。
だが、相手は音に聞こえしカーライム六将。交渉が簡単に進むはずはなかった。




