第55話「悪夢、再び」
「どうだ?力を解放した気分は」
暗闇に突如声が響き渡った。
声の主を捜し、辺りを見渡すがそこにはただ漆黒が広がるのみ。
人の気配は一切なく、不気味なほどに静かであった。
(誰だお前は……。というかそもそもここはどこなんだ……)
状況をまったく飲み込めずにいると、それを嘲笑うかのように、再びその声は聞こえてきた。
「魔剣を振るい、その圧倒的な力で敵をねじ伏せる。さぞ愉快だっただろう」
もう一度辺りを見渡してみるが、やはり声の正体は見つからず。
ただ、声の質からして男だろうということだけはわかった。
「愉快なわけないだろう。俺だって殺したくて殺したわけではない。ただユイナを守りたかった。それだけだ」
暗闇に向かって堂々と答える。
あの時。ユイナが敵にまさに襲われようとしていたその瞬間。
思った。
助けなければ、と。
そして願ったのだ。
そのための力がほしい、と。
刹那、視界を光が覆った。そこから先の記憶はおぼろげで、うまく思い出せない。
(あれ……。いや待てよ、覚えていない以上そうでないとは言い切れないじゃないか……。まさか自分は……)
その時、漠然とした不安に襲われた。
果たして、剣を振るったその時、どんな顔をしていたのだろうか。
口元を緩ませ、嬉々として剣を振るう自分の顔が思い浮かび、すぐさまそれを首を振って否定する。
そんな中、追い打ちをかけるようにその声はさらに囁いた。
「怒りと憎悪で剣を振るい、そのことに愉悦を感じる……このバケモノめッ……!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
そんなけたたましい叫び声とともにオータスはベッドから身体を起こした。
そしてしばらく辺りを見渡したのち、ようやく冷静さを取り戻す。
(今のは夢……か。たしか前もこんな感じの悪夢を見たことがあったな……)
そうして少し安堵していると、ベッドの脇から一人の少女が胸に飛び込んできた。
「ユイナ……」
胸に顔をうずめてきた少女の名を口にする。
よく見てみれば、彼女の目の下にはクマのようなものが見えた。
「ずっと、看病してくれていたのか。ありがとな」
礼を言って、髪をそっと撫でる。
ユイナは抵抗することなくそれを受け入れた。
そして、彼女は顔をあげるとぐっとオータスに近づきこう言った。
「ううん。お礼を言うのは私のほう。私を守って、オータスは倒れたんだから」
オータスは胸の鼓動が早くなるのを感じた。
静寂が二人を包む。
ベッドの上、近い二人。
甘い空気が辺りに漂い始めたその時、無慈悲にもその部屋の扉は開かれた。
「ユイナ様、伯爵閣下の御容態は……」
そう言いながら入ってきたのはミーナであった。
ミーナはその飛び込んできた光景に目をパチクリさせると、やがて頬を赤らめコホンと小さくせき込んだ。
「失礼いたしました。が……その……元気になられたのは良いことですが、流石に薬師を呼ぶほうが先ではないでしょうか。では」
そう言って、ミーナは逃げるようにその場を立ち去っていった。
オータスとユイナは互いに顔を見合わせる。
そして。
「ちょ、待て!ミーナ!誤解だ!なにもしていない!今起きたばかりでだな、その……!おーい!待ってくれー!」
「ミーナちゃん!戻って話そう!たぶん今凄い誤解していったから!いや、まあ私的には誤解でもないっていうか結構その気だったというかなんというか……あれ、何言ってんだろ私」
オータスの目覚めと共に、こうして屋敷には久しぶりの賑やかさが戻ったのだった。
だが、彼らはまだ知らない。
モルネスに再び危機が迫っているということを。
この日、ストーレイ=ホッジソンの命により王都から6万の大軍が出発。また、それに呼応する形でカスティーネ派の貴族たちもまた挙兵したのだった。




