第53話「覚醒の光」
「お休みのところ失礼します!シアン陛下がお見えになられました!」
オータスの快眠を妨げたのはそんな従者の慌てた声であった。
普段寝起きはあまり良いとは言えないオータスだが、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか今回ばかりは眠気は一瞬で吹き飛んだ。
火急の要件のようなので最低限の身づくろいで玄関へと向かう。
するとそこには寝間着姿のままのシアンと彼女の護衛の任についていたはずの女兵士・アリサの姿があった。
「申し訳ございません!御所への賊の侵入を許してしまいました!こうして陛下をお連れすることは何とかできましたが、御所では依然ユイナさんが賊と交戦中です!急ぎ救援を!」
オータスの姿を確認するや否や、アリサは状況を端的に説明した。
その横ではシアンが恐怖のあまり身体を小刻みに震わせている。
「わかった。すぐさま御所へと向かう。君はそのまま陛下の傍にいてあげてくれ」
オータスの決断は早かった。
慣れ親しんだ漆黒の剣を手に取り、外套を纏うとすぐさま屋敷を飛び出した。
さらにその後を数人の兵士が続いていった。
オータスが御所に到着すると、まず目に飛び込んできたのは御所に詰めていた兵士の死体であった。
みな余計な声など上げぬよう一撃でやられている。
(ここには我が軍でも特に練度の高い者たちを配置した。それがこの有り様ということは敵はかなりの手練れということになる。これはいくらユイナと言っても危ないかもしれん……)
すでに敵が御所を襲撃してからかなりの時間がたっていた。
もうすでにユイナは敗れ、この兵士のように冷たく床に転がっているのではないか。ふと、そんな嫌な予感が頭をよぎる。
「急ぐぞ」
オータスは後ろの兵士に短くそう告げると、足を早めた。
「きゃっ!」
パキーンという鈍い金属音とともに短い悲鳴が辺りに響き渡る。
強い衝撃で彼女の軽い身体はいともたやすく吹き飛ばされ、壁に背中を大きく打ち付けた。
手もとの剣を見てみれば、刀身が半ばで綺麗に折れてしまっている。
「小娘にしてはよう粘った……。が、武器を失ってはもう戦えまい」
男は己の勝利を確信したのかニヤリと笑みを浮かべると、力なく倒れている彼女の元へとゆっくりと近づいていった。
ユイナはなんとか力を振り絞り立ち上がろうとするが、もはや全身はボロボロで身体はピクリとも動かない。
鎧は所々破壊され、もはやその役目をなしておらず、ミニスカートは大きく裂け、傷だらけの太ももを危なげに晒している。
そのまるでボロ雑巾のように無惨な姿はそれまでの一方的な展開を物語っていた。
だが、それでもこうして生きているのは、彼女がなんとか致命傷を避け続け、少しでも時間を稼ごうとした証である。
(ここまで……かな。でもこれで時間は十分稼げたし、上出来だよね……)
死を覚悟し、目を瞑る。
そして、この死に後悔などないのだと笑みを浮かべようとした。
だが、それは出来なかった。
「小娘だが一端の戦士だと、刃を交えてそう思っていたんだがな。所詮はただの女に過ぎなかったか……。残念だ」
男は幻滅したようにそう言うと、振り上げていた剣を下した。
そこでユイナは初めて気が付いた。
自分が涙を流しているのだと。身体が震えているのだと。
死を恐怖しているのだと。
込み上げてくる涙を抑えきれず、やがてユイナは声に出して泣き出してしまった。
そんなユイナに対し、男は足早に彼女に近づくと、怒りをあらわにした。
「戦士でないのならば、二度と剣など手に持つな!それは戦士への冒涜だ!女なら女らしく、裸にでもなって喘いでいろ!!!」
男はそう言うと、彼女の胸の鎧を勢いよくはぎ取った。そしてさらにその下の服に手をかけると、思いっきり引きちぎる。
「いやああああああああああああ!」
ユイナの甲高い悲鳴と共に、彼女の上半身が露わとなった。
残るは破れず残ったわずかな布と胸を隠す可愛らしい下着だけである。
「やめて……!やめて……ください……!」
もはや抵抗する力さえ残っていないユイナはそう言って身を縮こませることしか出来ない。
そして、男の手がついにその下着へと届こうかというその瞬間。
「任務を忘れ女遊びとは随分と余裕な刺客もいたものだな」
その聞き覚えのない声に男は驚き、そのもはや聞き飽きてきた声にユイナは安堵した。
オータス=コンドラッド。それがその場に現れた男の名であった。
「俺の大事な副官をここまで傷つけ、さらには手まで出そうとしたんだ。どうなるかわかっているよな?」
もはやオータスに普段の温和な面影はない。
彼はかつてないほどに怒っていた。
そしてそれに呼応するかの如く、彼の剣が赤黒い不気味な光を発した。




