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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第50話「変幻自在の魔術師」

 コンドラッド軍追討の号令が下されたその日の夜。

 王宮のとある一室にて、二人の男が向かい合う形で酒を酌み交わしていた。

 そのうちの一人はカーライム国王・カスティーネ=ハンセルン=カーライムその人であり、もう一人は宰相のバイロン=グロワーズだった。

 カスティーネは己の杯に少し口をつけると、目の前に座るグロワーズの顔をまじまじと見つめ、こう言った。


「ここまで間近で見てもまったくわからないとはな。流石というべきだが、いい加減元の姿に戻せ。ここには俺とお前の2人しかおらんのだからな」


 その若き王の言葉に、グロワーズは「かしこまりました」と短く答えると、目をつぶり、やがてぶつぶつと小さな声で詠唱をはじめた。

 そして次の瞬間、グロワーズの身体が赤い光に包まれたかと思うと、グロワーズとは顔も身体つきも異なる一人の男が姿を現した。

 その男はグロワーズに比べると、やや背が高く、体も細い。髪は濃い灰色の長髪で、目は見えているのか怪しいほどに細い。

 年齢も比較的若く、20~30の間くらいであろうか。

 どう見てもグロワーズとは別人であるが、しかしながら彼が先ほどまでグロワーズの姿かたちをしてそこに存在していたのは紛れもない事実であった。

 

「あの姿も私はなかなか気に入っているのだがな。まあ、無駄に魔力を消費する道理もないか」


「魔力……か。俺も多くの魔術師を見てきたが『自在に他人に化けることのできる』魔術など聞いたことがない」


「フン。それもそうだろう。ここまで高等な魔術を使える者など大陸中探しても、この稀代の天才魔術師・ストーレイ=ホッジソンしかおるまい」

 

 ストーレイ=ホッジソン。それが彼の真の名であった。

 彼はその強大な魔力を用い、宰相のグロワーズに成りすましているのであった。





 ストーレイがカスティーネの前に現れたのは、あのイーバン王殺害の日の数日前、カスティーネが己を後継に指名しなかった父に対して憎しみを募らせていた時であった。

 どこからともなく颯爽と現れた彼は、カスティーネの耳元でこう囁いたのだ。


「私が貴方を玉座に着かせてあげましょうか」


 と。

 そして、その悪魔の誘いにカスティーネは乗ってしまった。

 ストーレイはまず宰相のグロワーズを殺害すると、彼に成り代わった。

 イーバン王は宰相のグロワーズに全幅の信頼を寄せていた。それゆえに、王に近づくのはいとも容易かった。


「そこの者、良いか。何人たりともここを通してはならん。国王陛下はこれよりシアン姫殿下と重要な話をする。国の行く末にも関わることゆえ、外に漏らすわけにはいかんのだ。わかったか」


 グロワーズに扮したストーレイは王と話をする約束を取り付けると、兵士に人払いを要求した。

 兵士はその命を一切疑わず、しばらくしてヘイドリス男爵が国王への謁見を求めてきたが、それも断った。

 もっとも男爵が謁見を求めに来た時にはもうとっくにすべては終わっていたが。


「愚かな王だ。臣下を信頼しすぎるというのも考え物だな……」


 物言わなくなったイーバンを見下ろし、ストーレイは冷たく言い放つ。

 武人としても長けていたイーバン王であったが、ストーレイの不意打ちの前にはなす術もなかった。

 こうして、イーバン王の殺害は見事成功。カスティーネはストーレイの言葉通り玉座を手に入れることに成功する。

 しかしながらその一方で、犯人として仕立て上げるはずのシアン王女をエイヴァンス公爵が逃すなど不測の事態もあったが、結果としてコンドラッド軍追討の号令を下したことで、多少力づくではあるがシアンを朝敵とすることは出来た。

 ストーレイ=ホッジソンという男はまさしくカスティーネの玉座奪取の立役者であり、彼はこれからもその智謀とたぐいまれなる魔術の才で不安定なカスティーネ政権を支える。

 もっとも、彼の存在自体を知る者は王宮内でも少なく、ましてや彼のその胸の奥に秘めたる野望を知るものなど誰一人としているはずもなかった。




 

 さんさんと太陽が照り付ける中、晴れて朝敵と相成った男・オータス=コンドラッドは領内の見回りをしていた。

 メルサッピ峠での戦いでは勝利をおさめたとはいえ、いまだに戦局は不利なまま。さらには王宮から逆賊の烙印を押されてしまった。

 オータス自身は挙兵した時から覚悟をしていたが、果たして兵士や民たちはどうだろうか。これからも多くの戦を控えている中で軍の士気が低下することだけは避けねばならなかった。

 しかし、オータスの心配は杞憂だったようで、モルネスは普段と変わらず、今が戦の最中とは思えぬほどいたってのどかであった。

 しかし、のどかと言ってもまったく戦の備えをしていないわけではない。

 いつ敵に攻め込まれても大丈夫なように柵や(やぐら)を修繕・増築、また兵の鍛錬も欠かさない。

 オータスが練兵場に足を向ければ、そこには弓の鍛錬に励む兵たちの姿があった。

 彼らに弓を教えているのは家中随一の弓の名手・ミーナであり、これ以上ない適役と言える。


(戦場では常に冷静で寡黙なミーナも、あんな顔をするのか)


 兵たちが日に日に成長するのがやはり嬉しいのだろう。

 ミーナの口元が心なしか普段より緩んでいるように見えた。

 

(そろそろ戻るか。あまり長居して邪魔になっても困る。それに片づけなければならぬ政務もまだ残っていることだしな)


 オータスはそんな平穏な日常を噛み締めつつ、踵を返した。

 この光景を壊さぬためにも負けるわけにはいかない。そう思った。

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