第44話「英雄の産声」
「うーん、なんというか……威厳が足りない」
ポニーテイルの副官は主の戦装束をそう評した。
今、オータスたちは戦に向けて準備をしている真っ最中であった。
といっても、すでに大方の準備は宣戦布告前に済ませており、あとはオータスが甲冑を着て兵たちに号令するだけである。
しかし、ここで一つの問題が発生した。オータスの着る甲冑がないのである。いや、厳密にいえばあるはあるのだが、ようは総大将にふさわしい甲冑がないのである。
例えば、ユイナは淡い青に彩られた軽鎧を着用している。防御性よりも動きやすさを重視したデザインで、腕や腹が大きく露出している。また、下は白く丈の短いスカートであり、こちらも動きやすさを優先してのことである。この装備は先代当主・シューベルの時より使っているものだ。それまでは男性と同じ甲冑を使用していたのが、重くサイズも合わなかったのでモルネスの職人に作らせたのだ。
このように、ある一定の立場にある将は、自分に合った甲冑を職人に作ってもらったり、商人から買ったりするのが基本だ。身体に合った鎧を着ることで戦場でより良い動きが出来るようになるのはもちろんのこと、雑兵たちと異なる装備をすることで威厳を示すという意味合いもある。特に重要なのは後者のほうで、これはその率いる隊の士気にも関わってくることだ。
しかし、オータスにはその威厳を示せるような立派な甲冑がない。
それも仕方のないことで、彼が前に戦場に出たのはジェルメンテ軍と戦ったフェービスの戦いのときである。当時、オータスはただの一兵卒にしか過ぎず、当然彼に支給されたのは他の雑兵たちと同じ簡素な鎧であった。
まさかその後彼がコンドラッド家の当主となり、さらには王女殿下を奉じた軍の総大将となるとは誰が予想できただろうか。
結局、彼にはその雑兵用の鎧を着るしか選択肢はなく、その姿でユイナの前に出たのであるが案の定その威厳のなさを彼女に指摘されたというわけである。
「シューベル様の使ってた甲冑とかどう?確か蔵にしまっといたはずだけど……」
「いや、それも試したんだが、大きさが合わなくてな……」
「あぁ、シューベル様は小柄だったからね……」
二人はどうしたものかと唸る。なにか良い案はないかと頭を悩ますが、そんなものは一向に浮かんでこなかった。
「こんなことに時間などかけられん……仕方ないがこの姿で……」
そう、オータスがあきらめの言葉を口にしたその時であった。
コンコン、と部屋の扉が叩かれると、すでに戦装束を身に纏ったトレグル・ミーナ親子の姿が現れた。
父・トレグルは灰色を基調とした重鎧に身を包み、娘のミーナは髪色と同じ赤を基調とした軽鎧に身を包んでいる。どちらも簡素なつくりではあるが、雑兵のそれとはもちろん異なっていた。
「殿!兵たちが待っています!はやく下知を……ってどうしたんですかい?なんだか浮かない顔をしてますが」
二人の表情から違和感を感じたトレグルが尋ねる。
オータスとユイナは事情を説明した。
「なるほどねぇ……。なら、俺の昔の甲冑を……いや、殿には少々大きすぎるか。うーん、どうやら自分はお役に立てないようで……いや、甲冑はないけど確か!」
事情を聴いたトレグルはしばし考えたのち、突如何かを思い出したように走って部屋から出ていった。
そして30を数えるほど経って、また走って戻ってきた。
彼の手には黒い布のようなものが握られており、隣にいたミーナはそれを見て納得したように頷いた。
「ああ……父様が前買って全然似合わなかったやつ。でも確かにオータス様ならば似合うかもしれないですね」
よほどそれを着た時のトレグルが不格好だったのか、ミーナの頬が少し緩んでいる。
オータスはその黒い布を受け取るとすぐさま広げてみた。すると、それの正体が明らかとなる。
「マントか……!確かにこれを着れば、少しはマシに見えるな」
威厳を出させるために貴族や騎士がマントを着用する例は少なくない。
早速、オータスも着用してみる。すると、やはり鎧は一兵卒のものに変わりないので多少の違和感はあるものの、それでもなにも付けないよりははるかに威厳が出てきた。
「ちゃんとした甲冑はこの戦いの後にきちんと用意するとして、とりあえず今回はこれでいいんじゃない?」
「ああ、そうだな。じゃあそのちゃんとした甲冑を着るためにもこの戦、負けられないな」
オータスはそう冗談っぽく笑うとマントを翻しながら屋敷の外に出る。その後ろ姿はさながら歴戦の猛者のようであった。ユイナたちも後に続いた。
やがてオータスらが町の広場にたどり着くと、そこにはたくさんの兵士たちが列を整え並んでいた。
その内訳はモルネス兵1000とタランコス辺境伯の兵3000である。この合計4000の兵が此度の戦いの本隊となる。
ここにスタンドリッジ伯爵とその兵がいないのは、彼は自分の領地より出撃し、別働隊として敵の背後に回り込む手はずになっているからである。そのほかのオータスに協力を申し出てくれた貴族たちも別動隊のほうに途中で合流することになっているが、その数はあまり多くない。周辺貴族のほとんどは資金と兵糧は支援してくれたものの兵までは貸してはくれなかったのだ。
だが、それでもオータスには彼らに感謝の気持ちしかない。たとえ兵の数が敵の半数に届かなくても、それでもなんとか戦をできる状態にまでなったのだから。
オータスは目の前の者たちをざっと見渡す。彼の立つところは少し高くなっており、全体が良く見える。意気盛んな者もいれば、怯えていまにも泣きそうな者もいる。若い者もいれば、年老いた者もいる。
実に様々な人がいるが、彼らに共通していることはただ一つ。オータスの言葉を今か今かと待っているということだ。
(今目の前にいる連中一人ひとりに家族がいて、友人がいる。大切な人たちがいる。こいつらを全員生かして返すなんてのは無理だが、それでも一人でも多くの者を返してやりたい。だから絶対勝つんだ!この戦に!)
オータスは拳に力を入れ、一歩前に出た。
そして叫んだ。
「皆の者、よく聞け!敵は2万の大軍!されど、賊軍である!対してこちらには、正統なるこの国の女王・シアン陛下が付いてくださっている!義は我らにある!怯えるな!戦え!この国を乱す不届き者どもに正義の鉄槌を喰らわしてやろうぞ!」
間を置かずに大きな歓声が上がった。
「出陣!」
オータス率いる西方貴族諸侯連合軍はついに出発した。
これより行われる戦は英雄・オータス=コンドラッドがその才能を初めて見せた戦として後世まで語り継がれることになるのだが、まだ誰も知る由がない。




