第43話「宣戦布告」
「おのれ!よくもこのわしを騙してくれたなァ!」
ブッサーナ=エイヴァンスはそう叫ぶと、己が拳に怒りを込め、勢いよく目の前の机に向かって振り下ろした。
木で作られた素朴な長机は大きく振動し、上に置いてあった物がことごとく地面に落ちる。
それでもなお、彼の興奮は収まらない。
何度も何度も目の前の机を叩いては、思いつく限りの罵倒の言葉を叫ぶ。
「落ち着かれませ、公爵閣下」
やがてそれを見かねた副官のジームが彼を止めに入った。このままでは机を壊しかねないし、なにより部下にとって主の取り乱す姿というのは見ていてあまり気持ちの良いものではない。下手をすれば全軍の士気にかかわるだろう。
だが、当の本人はそんなことまで頭が回らなかった。
「貴様までわしに楯突くのか、このポンコツめ!」
冷静さなど微塵も残していないブッサーナは、そう叫ぶと副官の顔を思いっきり殴った。
ジームは吹っ飛び、彼の鼻と口から赤い鮮血が噴き出す。
そんな衝撃的な光景を前にその場にいた誰もが悟った。いや、再確認したというほうが正しいかもしれない。自分たちは仕えるべき相手を間違えたのだ、と。
そもそもの事の発端は、オータス側から送られてきた一人の使者であった。
その使者はごく普通の青年兵士であったが、それまで送られてきた使者たちとはどこか表情が異なっていた。
何かを覚悟したような、漠然とだがブッサーナはそんな印象を受けた。
少しの間を置き、使者は緊張した面持ちで静かにその口を開いた。
「も、申し上げます!我が主・オータス=コンドラッドは、心変わりされました。やはりエイヴァンス公爵の要求を吞むことは出来ない、とのことです。詳しくはこの書簡に……」
はじめ、ブッサーナは意味が分からなかった。それは他の者も同じようで、ジームをはじめとする家臣たちもみなきょとんとしている。
この男は何を寝ぼけたことを言っているのか。それが皆の気持ちであった。
ブッサーナはひとまず、使者の差し出す書状を読むことにした。
そこに書かれていたものを要約すると、以下のようになる。
『私、オータス=コンドラッドは心変わりをした。シアン王女殿下の話を聞く限り、大罪人は貴方たちのほうに思えてならないのである。よって、コンドラッド家は王女殿下にこそ義ありと判断し、貴殿の要求を拒む。もし、力ずくでも姫殿下の身柄を奪う気なのであれば、我々は剣を握り最後の一兵となるまで戦う所存だ。屋敷を枕に討ち死にすることも辞さない』
ブッサーナの手紙を持つ手が怒りで震え始める。
顔もみるみるうちに赤くなっていった。
思えば、不審な点はあった。
例えば、オータス側がシャッカポル平原を身柄引き渡しの場所に指定してきてから数日、いまだにオータス側に動きはない。何度か催促の使者を送っては見たが、いずれも明確な答えを貰うことは出来なかった。なぜ先延ばしにしようとしているのか、ずっと疑問に思っていた。
だが、今ならわかる。それはすべて時間稼ぎのためであったのだ、と。
彼らははじめから王女殿下の身柄など渡す気はなかったのだ。
こうしてオータス陣営より事実上の宣戦布告を受け、エイヴァンス軍はついに動き出した。
シャッカポル平原を2万の大軍が駆け抜ける。
行き先はモルネス中心地、すなわちコンドラッド家の屋敷だ。
数の有利もあり、自軍の勝利を信じて疑わぬブッサーナ。
だが、すでに彼はもうオータスの術中にはまっていた。




