第41話「友の子」
カーライムが誇る大貴族・ブッサーナ=エイヴァンスは2万の大軍を率い、街道を西進していた。
兵のほとんどが歩兵のため、進軍速度はやや遅い。順調にいっても、コンドラッド家のあるモルネスまでにはあと5~6日はかかる計算だ。
と、いっても今回の目的はあくまでシアン王女の身柄の確保、決してコンドラッド家を討ち滅ぼすことではない。もしコンドラッド家が身柄の受け渡しを拒否した場合は、力ずくでも奪うよう命は受けているが、その可能性は低いだろうというのがブッサーナの考えだ。
さすがにこの大軍相手に戦を仕掛けるほど、コンドラッド伯爵も阿呆ではないだろう。
「全軍止まれ!ここでしばし休憩とする!」
ブッサーナがそう大声で号令すると、彼の乗っていた輿が静かに地面へとおろされた。ブッサーナはそのでっぷりとした体型ゆえに馬に乗れないため、基本的に行軍の際は豪華な輿に乗っているのだ。
「閣下、流石に休みすぎでは……。コンドラッド伯爵が何か企んでいないとも限りません。急ぐに越したことはないと思うのですが……」
そう苦言を呈したのは黒髪の長身の男だ。歳は25と若く、容姿も整っているが、無能な主を持ち苦労が多いのかいささか頬がやつれている。
彼の名はジーム=パチョリック。ブッサーナの側近である。軍略に精通しているため、戦の際は軍師も務める。
だが、主のブッサーナはあまり家臣の言葉を聞かない性格のため、彼の策は一度たりとも採用されたことはない。
そして今回もまた、彼の言葉はブッサーナの耳には届かなかった。
ブッサーナはジームを無視すると、すぐさま兵に陣を構築させた。まだ日は暮れていないが、今日はここで夜を明かすつもりらしい。
こうしてエイヴァンス軍のモルネス到着は予定よりもはるかに遅れることとなる。そしてそれは、オータスにとって策を考える時間を与える結果となった。
エイヴァンス軍と戦う決意を固めたオータスは、まず初めにユイナら少数の供を伴ってムーデントへと向かった。スタンドリッジ伯爵に協力を求めるためである。
コンドラッド家とスタンドリッジ家はかねてより親交が深く、また、オータス自身もシアン護衛の際にスタンドリッジ伯爵と面識がある。
さらにはスタンドリッジ伯爵はフェービスの戦いの際にカスティーネ王子から理不尽な暴力を受けたことがあった。王子に対し恨みを持っていてもおかしくない。
これらのことから味方に付いてくれる可能性は十分にある、そうオータスは考えていた。
だが、そんな予想に反して、ユーウェル=スタンドリッジの反応はあまり芳しいものではなかった。
「敵は聞くところによれば2万ほどだという。それに対し、モルネスは兵を無理やりかき集めてもせいぜい1000程度。これに我が軍が加わったとしても5000にも届かない。こんな勝ち目が万に一つもない戦に、誰が好き好んで兵士を出す」
スタンドリッジ伯爵は具体的な数をあげることで、この戦いがいかに無謀であることかを説いた。
それはあまりに正論であったが、オータスもそうやすやすと食い下がるわけにはいかない。猛然と反論する。
「確かに兵力差は歴然です。しかしユーウェル卿は戦の経験豊富な名将、かつて5倍の数の敵を破ったこともあると聞き及びます。それにカーライム西域の要である貴方が兵を出せば、周辺諸侯も必ずやこちらになびきましょう。そうなれば勝ち目がないとは言えますまい」
オータスのその言葉にスタンドリッジ伯爵は思わず目を丸くした。
そしてニッと笑み浮かべる。
「……なるほどな。一理ある」
正直、まだ貴族となったばかりのこの若者がまさかそこまで考えつくとは思っていなかった。もちろん彼の主張は所詮机上の空論に過ぎないし、穴だらけだ。いくら過去に大多数の敵を討ち破ったことがあるとはいえ、今回も同じようにできるとは限らないし、増してやスタンドリッジ家が味方となっても他の貴族諸侯がその後に続く保証などどこにもない。
だが、彼の言葉にはどこか妙な説得力があった。
(こういうのをカリスマ性っていうのかもな。なるほど、シューベルの野郎が後継者に指名しただけのことはある)
スタンドリッジ伯爵の頭に、いまはもういない旧友の顔が思い出される。
彼とは何度轡を並べただろうか。時には武功を争い、時には協力しあった。戦以外では共に狩りに出かけたこともあった。若いころなんかは山奥に飛竜の巣があるという噂話を信じて一緒に山を探検したこともあった。2人で酒を酌み交わしながら語らいあったことなんて幾度もある。
そんな親友の義理とはいえ息子が目の前にいる。そして、助けを求めている。
(友の認めた男と轡を並べてみるっていうのも存外悪くねえかもな……。今回のことに私情はなるべく挟まないようにしようと思ってたんだがなぁ……)
スタンドリッジ伯爵は頭を乱暴に掻くと、諦めたように頬を緩めた。
そして、オータスに対し手を差し伸べる。
「相分かった。援軍の要請たしかに受け取った。戦の時は迷わずオータス卿に味方することをここに誓おう」
その答えにオータスははじめ驚いて目を丸くしていたが、すぐに我に返ると慌ててその手を握った。
「痛み入ります……!」
こうして、オータスは強力な味方を得ることに成功した。
だがそれでも兵の数は依然として敵のほうが上。あとは策を講じるしかない。
後に歴史に名を残す大戦がついに始まろうとしていた。




