第37話「武人」
オウガとヘイドリス男爵。二人の猛将の戦いは苛烈を極めた。
刃と刃が幾度も交わり、あたり一面に大きな金属音を響かせる。男たちが得物を振るう度に大地が震えた。
その戦いはあまりに高次元で、オウガ配下の兵たちは下手に動くことが出来ない。仮にオウガの援護に動いたところでかえって邪魔になるのが目に見えているからだ。
ならば、するべきことはただ一つ。シアン王女殿下の捕縛である。
あくまで今回の目的はシアンの捕縛であり、ヘイドリスを倒すことではないのだ。もちろん罪人であるシアンに付き従ったヘイドリスもまた罪人であるが、優先度は明らかにシアンのほうが上である。
彼らはすぐさま隊列を整えると二つに分かれ、戦うオウガとヘイドリスを避けるようにシアンのもとへと向かった。
彼らの数は500、それに対しシアンのそばにいるのは女官ただ一人だけ。最大戦力であるヘイドリスがオウガと戦って手が離せない今こそ、シアンを捕縛する好機であった。
「クソ、しまった……!姫殿下!!!」
ヘイドリスは敵の狙いに気づき声をあげるが、時すでに遅し。
シアンは兵士たちにぐるりと囲まれ、今まさに敵の手にかかろうとしていた。
絶体絶命。このままシアンが敵兵に捕らえられてしまうかと思われたその時であった。
「ぐあっ!」
一人の兵士が悲鳴をあげ、突如倒れた。彼の額には弓矢が刺さっており、即死であった。
予想外の攻撃に兵たちは一旦シアンたちから離れる。
当然この矢を放ったのはシアンでもその横にいる女官でもない。兵たちは矢の飛んできた方角を見つめる。するとそこには100人ほどの甲冑を着た男たちの姿があった。
「突撃!」
そのうちの一人の男がそう号令すると、彼らは一斉にオウガ軍に襲い掛かった。
「やっと来てくれたか……」
ヘイドリスは安堵したように呟いた。彼らは男爵が王都に上洛するにあたって連れてきた兵たちであった。
王宮にはわずかな供しか連れることを許されていないため、彼らは王都内にて待機させられていたのだが、この騒ぎを聞きつけて主を救うべく行動を開始、そして今ついに合流を果たすことが出来たというわけだ。
ヘイドリス兵たちはシアンを囲んでいた敵兵たちを勢いに任せて討ち破るとシアンを守るように彼女の前に整列した。
いまだ数の不利は変わらないが、それでも100人いれば敵をなんとか食い止めることはできる。
ヘイドリスはオウガの猛攻をなんとか凌ぎながら、シアンに言った。
「姫殿下、ここは私と私の配下が命に代えて敵を足止めします。それゆえどうか今のうちにお逃げください!」
その言葉にシアンははじめ驚いた表情を浮かべたがすぐに表情を引き締めるとコクリとうなずいた。
「かならず生きて再び会いましょう」
そう優しく言葉を投げかけるとシアンは女官を伴ってすぐにその場を離れるべく走り出した。護衛のため、その後を10人ほどのヘイドリス兵が追いかける。
それを追撃するべくオウガ兵も動こうとしたがそれは他のヘイドリス兵たちによって阻まれた。
こうしてシアンは王都を無事脱出することができた。
オウガ=バルディアスとマルコ=ヘイドリスの激闘が終わりを告げたのはシアンが王都を脱出してからやや経った後であった。
「最強の武……私如きでは届かぬか……」
擦れた声でそう呟いたのはヘイドリス男爵のほうであった。
彼の身体にはオウガの槍が突き刺さっている。
武勇の誉れ高きヘイドリス男爵も王国最強とうたわれる武人には勝つことはできなかった。
オウガが槍を思い切り抜くと、ヘイドリスは大量の血を吐き、その場に力なく倒れてしまった。
オウガは小刀を取り出すと、男爵の首を獲る。
そして高々に宣言した。
「このオウガ=バルディアスが、反逆者・マルコ=ヘイドリスを討ち取ったッ!!!」
その声は当然、両軍の兵士たちの耳にも入った。
これにより、ヘイドリスの配下の兵たちの士気は一気に下がる。
結果、それからほぼ間を置かずにヘイドリス軍は壊滅した。




