第36話「激突」
危険を察知し、逃げ出したシアンたち。
だが、カスティーネの息がかかった兵士たちが彼女らの行く手を阻む。
「シアン殿下。あなたには国王陛下殺害の容疑がかかっております。おとなしくご同行いただけますか?」
彼らのまとめ役であろう壮年の兵士はそう言うと、腰の剣を抜いた。
抵抗するならば、力ずくでも抑えるという意思表示である。
ほかの兵士たちも同じように剣を抜いた。
これに対し、シアンは一瞬怯んだものの、すぐに平静さを取り戻す。
「お断りします。私は神に誓ってお父様を殺してなどいませんし、お兄様の身勝手な野望に利用されるのは我慢なりませんので」
彼女はそう言うと、鋭い目つきで兵士たちを睨み付けた。
異常事態にもかかわらず気丈に振る舞うそんな彼女の姿に、ヘイドリス男爵は思わず感心した。
(やはりカーライム王国にとって彼女はなくてはならぬお方。なんとしてでもお守りせねばならぬな)
そう決意を新たにした男爵はシアンの前に出ると背の大剣を抜く。そして、剣先を兵士たちのほうへと向けた。
彼の目には熱い闘志が漲っていた。
「姫殿下は生きて捕らえよ。ほかの者は殺してしまって構わぬ!」
そう壮年の兵士が叫ぶと、一斉に兵士たちはヘイドリスに襲い掛かった。
敵の数はざっと10人ほど。みな王宮に仕えるよく訓練された精鋭たちである。
それに対し、ヘイドリスは武勇に絶対の自信こそあるものの、たったの一人だ。シアンは戦うことはできないし、女官も護衛として多少の訓練は受けているが、それでも王宮の兵士たちに及ぶほどではない。
まさに多勢に無勢。苦戦はまぬがれないように思われた。
だが、そうはならなかった。
わずか30も数えないうちに兵士たちは一人残らずただの骸となったのである。
「さあ姫殿下、先へ進みましょう」
そう言ってニッコリと笑って見せるヘイドリスの身体は兵士たちの返り血で赤く染まっていた。
マルコ=ヘイドリス。彼の武はカーライム国内において、群を抜いていた。
一行はその後も何度か襲われたが、いずれもヘイドリスによって撃退され、全員無傷のまま王宮の外へと出ることが出来た。
あとはこのまま王都を脱出し、ヘイドリスの領地へと逃げる計画であった。
だが、そんな彼女らの前に最後にして最大の障壁が立ちふさがる。
大将軍・オウガ=バルディアス。
王都の守護を役目とする彼にとって、王都はいわば庭のようなものであり、彼の目を掻い潜っての脱出は不可能といってよかった。
そして案の定、シアンたちは王都脱出に失敗、今彼女らはオウガ自ら率いる500の兵に追い詰められている。
「最強の武人と謳われた貴殿までもが、カスティーネらの企てに加わっていようとはな……」
ヘイドリス男爵は軽蔑した目でオウガを見た。
だが、オウガは何も答えない。
男爵の知るオウガ=バルディアスという男は決して謀反に加担するような人物ではなかった。
手段こそ苛烈だが、王家への忠誠心は確かであった。
だから、カスティーネの企てにのるはずがないと思っていた。
「まさか、カスティーネの言い分を信じ、シアン殿下のほうこそ謀反人だと思っているのではあるまいな」
あと考えられる理由はそれしかない。
事実王宮においてそのように考えている者がほとんどであろう。
だが、そんな彼の問いをオウガは鼻で笑う。
「フン、どちらが謀反人かなど俺は興味ない。興味はないが……我が大望のためにそこの小娘には死んでもらおう」
オウガはそう言うと、大槍を構えた。
圧倒的なまでの威圧感。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
だが、怯むわけにはいかない。ヘイドリスも大剣を構える。
にらみ合う両者。
今、王国の誇る二人の猛将が激突しようとしていた。




