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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第33話「発端」

 イーバン王の死から数日がたった。

 王を殺したとされるシアン王女は逃亡し、行方不明。新たな国王の座にはカスティーネがついた。

 そんな中、オータスはいつも通り自分の執務室にて政務を行っていた。

 もちろん王の死についてはすでに彼の耳に入っている。

 それをはじめて聞いた時は確かに驚いたし、心も痛めた。特に王を殺したのがかつて共にバッハの町を巡り歩いたシアンであると聞いた時は思わず耳を疑った。

 だが、領主たるものいつまでも動揺しているわけにはいかない。政務はどんな状況であろうと変わらずあるものだし、なにより領主が動揺していては領民をより不安にさせてしまうだろう。

 だから、オータスはただ黙々と机に向かっていた。

 と、その時。執務室の扉が開かれ、手にお茶を持ったユイナが姿を現した。


「お疲れさま。そろそろ休憩したら?」


 そう言って彼女は部屋の中に入ると、湯気の立つ淹れたての茶を机に置いた。


「お、悪いな」


 オータスは礼を述べ、お茶をゆっくりとすする。

 ふと窓の外を見てみると日はとっくに暮れ、あたりはすっかり暗くなっていた。


「もうこんな時間か……。仕事も一区切りついたし、今日はもうこれで終わりでいっかなぁ」


 オータスはそう言うと、疲れをとるように思いっきり体を伸ばした。

 もう彼の頭の中には食事と酒、そして風呂のことしかない。

 近ごろは真面目に政務に取り掛かるようになっていたオータスであったが、なにも好き好んで政務を行っているわけではない。

 彼としては仕事の後の酒のために働いているといっても過言ではなかった。

 仕事で疲れ切った体に流し込む酒はまた格別なのである。

 だが、この日その願いが叶うことはなかった。

 なぜならばその直後、一人の兵士が青ざめた顔でオータスにこう告げたからであった。


「た、大変です。シアン=ハンセルン=カーライムと名乗る女性が先ほど現れ、なんでもオータス様にお話があるとか……」


 あまりに予想外の来客にオータスとユイナの2人は絶句した。







 ひとまずオータスはシアンを屋敷内に通した。

 本来ならば謀反人である彼女をすぐにでも捕らえ、王宮に伝えるべきなのだろう。だが、オータスはどうしても彼女が王を殺したとは思えなかった。

 だからまずは話を聞き、事の真偽を確かめることにしたのだ。

 オータスとユイナが並んで座り、テーブルを挟んでその向かい側にシアンとそのお付きの女官が座る。

 まずはじめに話を切り出したのはオータスであった。


「単刀直入に聞く。王を殺したのはシアン、ほんとうにお前なのか?」

 

 そのあまりに砕けた言葉遣いにユイナと女官は目を丸くする。

 いくら謀反の疑いがあるとはいえ、相手は王族。普通の人ならば敬語を使うだろう。

 だが、オータスはまるで友達にでも話しかけるような軽い口調で尋ねた。

 それは、かつて一緒にバッハの町を巡ったときの彼女と今目の前にいる彼女が一切変わっていないことを願う心の表れであった。

 シアンは答える。


「いいえ。父を殺したのは私ではありません。私は罪を擦り付けられたのです」


 はっきりとした口調。彼女の目はまっすぐオータスを見据えており、とても嘘を言っているようには感じられない。

 その様子にオータスは少し安堵したが、それで彼女の言葉をあっさり信じ込むほど彼もお人よしではない。オータスは質問をさらに重ねた。

 

「じゃあ、王を殺し、お前に罪を擦り付けた奴の名は?」


 シアンは悩む様子もなく、すぐさま答える。


「その者の名は、カスティーネ=ハンセルン=カーライム。私の兄にして、現カーライム国王です」


 彼女のその衝撃的な告白にオータスとユイナは驚きを隠せない。

 だが、そんな二人に対し、シアンはさらに言葉を続けた。


「オータスさん……いえ、コンドラッド伯爵。どうか私にそのお力をお貸しください!邪悪で卑劣な兄からこの国を守るためにどうか……!」


 彼女は涙を流しながら深々と頭を下げる。

 それが彼女が王都から脱出し、わざわざはるか西のかなたにあるここモルネスまで来た理由であった。

 オータスはなにも答えない。

 いま彼女はオータスにこう言ったのだ。「兵を率いて王都に攻め込み、カーライム国王・カスティーネ=ハンセルン=カーライムを討ち取ってほしい」と。

 もちろんシアンの言うことが正しければ、シアンのほうに義があると言えるだろう。だが、果たして世間はどちらの言い分を信じるだろうか。

 それはすなわちオータスもまたシアンと同じく国家への反逆者になる可能性もあるということ。

 オータスはいま、王家に仕える一伯爵として大きな決断を迫られていた。

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