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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第1章 モルネス居候編
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第31話「平穏」

 オータスがモルネスの新たな領主となってから数日がたった。

 ユイナはこの日も執務室にこもり仕事をこなしているであろうオータスのために、コンドラッド家の厨房でお菓子をつくっていた。

 このところ働きづめのオータスになにかしてあげられればと考えてのことであった。


「よし、できた!」


 そう言ってユイナは満足そうに出来た菓子を眺める。

 もともとお菓子作りが趣味のユイナはいままでにいくつも菓子を作ってきたが、今回のはその中でも特に良く出来た自信作であった。

 ユイナは皿にその菓子をきれいに並べると、2階の執務室へと運ぶ。


「オータス、お菓子作ったんだけど食べるでしょ?」


 そう言ってユイナは扉をノックしたが、返事はない。

 ちなみにオータスへの呼び名は、はじめは前当主・シューベルの時と同じように『伯爵様』であったのだが、オータスがそれを嫌がり、結果として今まで通りの呼び捨てとなった。


「ねえ、聞いてる?」


 それから何度か呼びかけてみたが一向に反応はないままだった。

 よほど仕事が立て込んでいるのだろうか。もしかすれば邪魔になってしまうのでは、と一瞬躊躇したものの出来立てのお菓子を食べてもらいたいと思い、その扉を開いた。

 するとそこには驚くべき光景が広がっていた。

 開かれた窓。机の上に置かれた分厚い書類の束。そして、オータスの姿はなし。

 窓からはカーテンを結び合わせたものがロープのように垂れ下がっていた。

 これらの状況からユイナはある結論を導き出す。


「この窓から逃げたのね……」


 こうしてオータスの脱走は露見、すぐに屋敷の者たちによって大規模な捜索が行われた。

 そして日が暮れ始めた頃、近くの村にいるところを発見され、無事執務室へと連れ戻された。





 それから何度かオータスは脱走を繰り返したが、いずれも同じように失敗した。

 やがて執務室の扉の前と窓の下に見張りの者が置かれるようになると、オータスはようやく観念し、政務に励むようになった。

 そんなある日、ユイナは近くの村に見回りに出た。

 近ごろなにか困ったことがないか、村の人間に直接聞いて回るのである。

 すると、ユイナの姿を見た村人たちが一斉に駆け寄ってきた。


「お、ユイナちゃん!今日も綺麗だね!あまりに綺麗だから採れたてのこの野菜、あげちゃうぞ!」


「あらユイナちゃんじゃないの!丁度いま山菜採ってきたところでねぇ、良かったらこれ半分あげるわよ!」


「オラそこの池で魚たくさん釣ってきただ!でも、とても一人じゃ食いきれねえから何匹かユイナさんにやるだよ!」


 そうして気づいたころにはユイナの手は貰ったもので溢れかえっていた。


(嬉しいけど家まで持ち帰るの大変だなぁ……)


 あまりの量に思わず苦笑するユイナ。

 だが、この溢れるまでの物はユイナがそれだけ村人に慕われているというなによりの証拠であった。

 ほかの屋敷の者ではここまでの待遇は受けないだろう。

 どうやって貰った物を家まで運ぼうかとユイナが考えていると、さらに何人かの子供たちがユイナのもとへと駆けてきた。


「わーいお姉ちゃんだ!遊ぼ!遊ぼ!何する何する?鬼ごっこ?」


「違うもん!お姉ちゃんは私とおままごとするの!」


「僕は前みたいに字を教えてほしい!」


 そう言って子供たちはユイナの服を引っ張る。

 結集した子供たちの力とは案外強いものでユイナのスカートが危うく脱げかけたほどであった。


「ちょ、わかったからやめて!見えちゃうから!」


 赤面しながら子供たちを引きはがすユイナ。

 これもまた子供たちから慕われている表れであった。

 と、その時。一人の男の子がふとユイナに尋ねた。


「ねえねえ、そう言えばオータスは今日来ないのか?」


「え?」


 予想外の名前にユイナは驚く。

 すると他の子供たちもオータスのことを聞き始めた。

 いったい何のことかわからずにいると、ある子供の母親がやって来て説明してくれた。


「いやね、実は何回かこの村にあの新しい領主様がお見えになったのよ。それで子供たちの相手をしてくれてね。気さくで話しやすいし、今回の領主様もなかなか良い人そうだねぇ」


 そう語る母親は安心した表情を浮かべていた。

 やはり領主が変わるというのは村人にとってかなりの不安だったのだろう。特に前領主であるシューベルと血がつながっていないというのだから尚更だ。

 だが、オータスの人柄に触れてみて、その心配はすっかりなくなったようであった。


(そっか……。前に脱走したとき、村の子供たちと遊んでいたんだ……)


 もっともオータスからすれば仕事から離れられればなんでもよかったのだろうが、ユイナは帰ったらオータスにもっと優しくしようと、そう思った。

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