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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第1章 モルネス居候編
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第29話「後を継ぐ者」

 報せを聞いたオータスの行動は早かった。

 もともとオータスがムーデントに行っていたのはシアンの護衛のため。その後しばらくムーデントに滞在していたのはスタンドリッジ伯爵の厚意によるものであり、これといってなにか用事があったわけではない。また、シアンの王都への帰路にはスタンドリッジ家の兵士が付くことになっているため、オータスが再び護衛につく必要もなかった。

 そのため、オータスはシアンやともに戦った兵士たち、そのほか世話になった屋敷の人に一通り別れの挨拶を済ませるとすぐにムーデントを発った。

 途中魔物に会う危険を考え、伯爵が何人かの兵士をつけてくれたが、幸いなことにモルネスまでの道のりに再び魔物が姿を現すことはなく、オータスは無事コンドラッド家の屋敷へとたどり着くことが出来た。


「お、やっと来たかオータス!待ってたぜ!」


 そう言って屋敷の前でオータスのことを出迎えてくれたのは一人の兵士であった。

 その兵士の体格は中肉中背であるが、鎧の合間から見える肉体はよく鍛えられており、また顎には逆三角形型の髭を蓄えている。

 そしてオータスはその兵士の風貌に見覚えがあった。


「おお、トレグルか!久しいな!」


 トレグル。それがその兵士の名であった。

 オータスとトレグルの出会いは、フェービスの戦いのときまで遡る。

 慌ただしく皆が戦の準備を始める中、何をすればいいか分らずぼうっと突っ立っていたオータスを新兵と勘違いしたトレグルが強引に戦場に連れだしてしまったのがきっかけであった。

 なんとも良いとは言い難い出会いであったが、戦の後二人はすっかり意気投合。それから何度か二人は盃を交わしたりしていたのだが、近ごろはあまり予定が合わず、その後オータスがムーデントへ行ったため、会うのは実に数週間ぶりであった。

 しかしながらいまは再開を喜ぶときではない。オータスはゆるみかけた頬を引き締めると、トレグルに案内されコンドラッド伯爵の寝室へと向かった。





「伯爵様……なのですか?」


 オータスは思わず目を疑った。

 寝具に横たわるその男がコンドラッド伯爵その人だとわかるのにわずかだが時間がかかった。

 それほどまでに伯爵の姿は病により変わり果てていたのだ。

 そしてその伯爵の横には、それまでずっと看病していたと思われるユイナの姿があった。


「伯爵様、オータスが参りましたよ」


 ユイナがそう伯爵に呼びかけると、伯爵はゆっくりとそのすっかり痩せ細ってしまった身体を起こした。

 だが、一人で起き上がることはもう無理なのか、ユイナとそばに控えていた若い女官が身体を支えている。


「オータス、よう戻ってきてくれたの。見ての通り、私の身体はもう限界らしい。薬師(くすし)ももうすっかりお手上げなんだそうだ」


 そう言って伯爵は冗談っぽく笑って見せるが、周りの者は誰一人として笑わず、ただ黙ってうつむくだけであった。

 そして当然オータスもまた笑う気になどなれるはずがなかった。

 伯爵の病状はかなり悪く、寿命は残りわずかである。そう、薬師は言った。

 そしてそのことは伯爵自身がよく分かっていた。

 だが、年齢から考えればよく生きたほうだ。ほとんどの者は戦場で散っていき、彼の半分にも満たぬ歳で逝ったものも多くいる。

 だから、こうして寝床の上で多くの者たちに見守られながら最期を迎えられることに伯爵はとても幸せを感じていた。

 だが、彼にはたったひとつ心残りがあった。


「私が心配なのはこの家の将来のこと。わしには子がおらぬ。いや、一人いたがあやつは親を差し置いて先に逝ってしまった」


 今はもうこの世にはいないが、昔は当然ながら伯爵にも妻と子がいた。

 だが、妻は子どもを産むんだ直後に病で死んでしまい、その子どものほうも順調に成長をとげ、ゆくゆくはコンドラッド家を継ぐことが期待されたが、ある戦で流れ矢にあたり命を落とした。

 よって、この家にはいま跡取りと呼べる者が誰一人としていないのである。それはすなわち伯爵の死と同時にコンドラッド家もまた死ぬことを意味していた。


「では、一体今後この家はどうなるのでしょうか?」


 オータスはおそるおそる尋ねる。

 本当は伯爵の亡くなったあとのことなど考えたくはない。伯爵の病状が回復し、再び政務に戻るのが第一に決まっている。

 だが、その確率は現実的に考えれば極めて低い。

 だとすればこの質問は避けては通れない。

 それは、コンドラッド伯爵家に身を寄せる一人の者としてどうしても聞かねばならないことであった。

 しばしの沈黙が訪れる。

 オータスだけではなく、ユイナやトレグルといったその部屋にいる者みなが伯爵に注目する。

 そんな中、伯爵は静かに口を開いた。


「養子をとることにした。その男はまだ若く、一見頼りなさそうに見えるが、とてもいい目をしておる。彼はきっと立派な将となり、この家の者たちを、そしてモルネスの民たちを率いてくれることじゃろう」


 伯爵はそう言うと、オータスの顔をじっと見つめる。

 養子をとる、というのは特に珍しいことではない。

 子に恵まれなかった貴族が親戚や他家から子をもらい、それを養子とすることはよくあることだ。

 だが、果たしてその人物が一体誰なのか全く見当がつかない。

 そんなことを考えて首をかしげるオータスに対し、伯爵はその次期当主となる男の名を告げた。


「オータス。お前さんじゃよ」


「へ?」


 一瞬意味が分からなかった。

 思わず目を点にするオータス。そんな彼に、もう一度伯爵はその名を呼ぶ。


「だからオータス。お前さんが私の養子となり、このコンドラッド家の新たな当主となるのじゃ」


 意味を理解したオータスが驚きのあまり大声をあげたことは言うまでもない。

 オータスだけではない。ユイナもトレグルも、その伯爵の言葉に驚きを隠せなかった。

 翌日、正式にオータスはシューベル=コンドラッドの養子となり、家督を継いだ。

 そして今ここに、カーライム王国の伯爵・オータス=コンドラッドが誕生したのである。

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