第24話「落城」
ゲプラーの死はジェルメンテ軍に大きな衝撃を与えた。
ヤンド城砦一の猛将がまだ齢20にも満たぬ小娘に力で敗れた。
そのあまりに受け入れがたい事実はジェルメンテ兵たちから確実に戦意を削いでいった。
「皆、あきらめるな!まだ戦は決したわけではないぞ!」
ジェルメンテの指揮官はなんとか状況を立て直そうと、必死に兵たちを鼓舞する。
だが、そんな彼の声はとてつもなく大きな爆発音により、かき消された。
突如兵糧庫が爆発、炎上したのである。
ジェルメンテ兵たちの間に動揺が広がる。
どんなに城砦が堅牢であろうと、どんなに兵が精強であろうと、兵糧がなければ意味がない。
人は食料がなければ満足に動くことすらできないのだ。
籠城戦において兵糧を失うということは、それすなわち敗北を意味した。
そしてこの戦もその例外ではなかった。
結局、堅城として名高きヤンド城砦はあっけなく陥落した。
城主・ネルバーンが降伏を申し入れてきたのである。
カーライム軍がヤンド城砦を落としたとの報が王都に届くと、町は歓声に包まれた。
もちろん王都の民たちは六将の強さを十分に知っている。
だからこの勝利は当然と言えば当然で、そこまで騒ぐようなことではないのだが、それでもやはり勝利というのは嬉しいものだ。
そしてそれは宮中の者も変わらない。
快勝という結果は彼らに多少の喜びと安堵をもたらした。
だが、その一方でこの結果をあまり嬉しく思わない男もいた。
オウガ=バルディアス。
シャイニーヌたちと同じ六将の一員にして王国最強の武人だ。
オウガは自身の屋敷でこの報告を聞くと、血管を浮き上がらせ激怒した。
「ぬるい!ぬるすぎる!」
そう言うと、オウガは思い切り壁を殴った。
怒りを込めた彼の拳の威力はすさまじく、壁に大きな亀裂とくぼみができる。
その人知を超えたパワーに、報告をした兵士は思わず腰を抜かした。
オウガの怒りの原因、それは城砦を落としたときのカーライム軍の対応であった。
ヤンド城砦の主・ネルバーンはゲプラーが死んだことと兵糧庫が爆破されたことを知ると、すぐにカーライム軍に降伏を申し入れてきた。
もはやこれ以上戦っても無駄に兵が命を失うだけだと彼は悟ったのである。
ネルバーンは言った。
「私の命は好きにしていい。だからどうかあいつらの命だけは助けてはくれないか」
あいつら、とは城砦の兵士たちのことだ。
ネルバーンはともに戦ってくれた兵士たちのことを家族のように大切に思っていた。
だからこそ、降伏の決断も早かった。
ネルバーンは目の前で兵たちが一方的に蹂躙されるのを見たくはなかったのだ。
だが、彼の決断は城砦の主としては正しいとは言えない。
本来、城砦を任されたからにはどんなに多くの犠牲を払ってでもぎりぎりまで敵を食い止めるべきなのだ。
特にいまジェルメンテは北の蛮族とも戦争中にあり、カーライム軍に対して十分な戦力を用意できていない状態だ。
ならば、なおさら彼は城砦にこもって戦い続け、時間を稼ぐべきだった。
ネルバーンは将としては決して無能ではなかったが、城砦を任せるにはいささか優しすぎる男だったのかもしれない。
「わかりました。彼らの安全は保障しましょう」
そして、遠征軍の総指揮官であるスペンダー公爵はネルバーンの要求を受け入れた。
もちろん、その決定には事前にシャイニーヌとケルビンも了承している。
こうしてこの戦いは両軍ともに最小限の犠牲で終わりを告げたわけだが、オウガが納得していないのはまさしくそこだった。
(戦はただ勝てばいいというものではない。圧倒的なまでの完全勝利。それこそが六将たるものの戦だ。奴らは甘い。甘すぎる)
オウガは拳を強く握りしめる。
彼にはスペンダー公爵らの判断が正しいと思えなかった。
カーライムに刃向かった者を許すなど、オウガにはとても考えられないことだからだ。
もし、彼が遠征軍に参加していたならば、ネルバーンの要求など聞かず、城砦にいるすべての者を始末していただろう
それは戦闘員だろうと非戦闘員だろうと関係ない。
オウガは女や子供、老人でもためらいなく殺す。
敵には一切の容赦はしない。それがオウガ=バルディアスという男であった。
そして、この考え方の違いはのちにカーライム王国をより大きな戦乱の渦へと巻き込んでいくことになる。




