第20話「奇跡」
シアン=ハンセルン=カーライムはスタンドリッジ家の大浴場にいた。
王宮の使者としての任を無事勤め上げた彼女は、一日の疲れを癒すべく、この大浴場へと来たのだ。
その証拠に、普段は腰まで伸ばしている美しい白銀の髪はお湯に浸からないよう短くまとめられ、手には一枚のタオルを持っている。
当然服など一切纏っていない。
(あれ、先客がいる……メリィかしら?)
シアンは湯気の中の人影に気が付いた。
メリィ、というのはシアンの世話をする女官の一人である。
シアンは途中まで彼女と一緒に浴場まで向かっていたのだが、途中ではぐれてしまったのだった。
(もう、私を置いていくなんて……メリィも意地悪なんだから)
その人影がメリィだと疑わないシアン。
だが、湯気が薄くなっていくにつれてシアンは自分が思い違いをしていたことに気が付いた。
「あっ……」
そして、その人影の正体がわかった瞬間、シアンは崩れるように座り込んでしまった。
頬を真っ赤に染め、慌てて手とタオルで体を隠そうとする。
だが、すでに手遅れだった。
先客・オータスはばっちりとシアンのその美しい肢体を目撃してしまったのである。
女性の裸を見たとき、胸部の二つのふくらみに真っ先に目が行ってしまうのは男の性というもので、オータスもまたその例外ではない。
決して豊かとはいえないものの美しい形をしたそれに彼は釘付けとなった。
そして、それと同時にオータスは、自分の下半身の一部が隆起するのを感じた。
「な……!」
それは生物として、男として至極当たり前のことなのだが、齢まだ15のシアンにはあまりに刺激が強すぎた。
羞恥で赤かったシアンの顔が急激に青ざめていったかと思うと、彼女は気を失ってしまった。
慌ててオータスは倒れるシアンを抱えるとすぐに風呂場から出る。
そして体を拭き、更衣室にあった服を着せると、近くの部屋のベッドに寝かせた。
そしてじっくりと、それからどうすればいいのか、オータスは思案するのであった。
そもそも、この事件の原因はシアン自身にあった。
本来、シアンには位の高い人をもてなすための浴場が男風呂と女風呂とは別にきちんと用意されていた。
そしてその場所は伯爵自身から説明されていたのだが、慣れない長旅の疲れもあり、シアンはそれをうっかり聞き逃してしまったのだ。
結果、メリィとはぐれたシアンは屋敷内で道に迷い、やっとたどり着いた男風呂を自分用の風呂と勘違いしてしまったのである。
よって、これはオータスに非などまったくないのだが、おそらく世間はそれで許してはくれない。
オータスは最悪死を覚悟していた。
だが、奇跡は起こった。
「えっと、オータスさん……でしたっけ?あれ、私は何をしていたんだっけ……」
「へ?」
なんと目を覚ましたシアンはなにも覚えていなかったのである。
彼女曰く、記憶は浴場に入ったところで途切れ、その先はまるで靄でもかかったように思い出せないという。
オータスは、しめたと言わんばかりに、早速いままでの経緯を話し始めた。もちろん嘘の、である。
「実は私が風呂から出ると、そこの廊下に姫殿下がお倒れになっていたのです。何事かと焦りましたが、いやぁ無事でよかったです」
次から次へとぺらぺらと嘘を語り、途中演技も交える。
オータスは、こういうずる賢いことには頭がよく働くのだ。
そして、シアンを見事誤魔化すことに成功した。
(騙す感じで少し後ろめたさも感じるが……まあ自分の身を守るためだ。仕方ない、よな……?)
オータスはそう自分に言い聞かせると、冷えてしまった体を温めるべく、再び風呂へと向かった。




