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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第1章 モルネス居候編
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第1話「記憶喪失の男」

 男は深い森の中にいた。

 木は空に届きそうなほどに高くそびえ、草は足元を覆い隠さんとばかりに生い茂っている。


「ここはどこだ……。なぜ俺はこんなところに……。クソ、なにも思い出せん」


 男はなにも覚えていなかった。

 なぜ自分がこんなところにいたのか、自分は一体どこから来たのか、そもそも自分の名さえも思い出せない。

 何か手がかりはないのかと男はあたりを見渡す。

 すると足元に一本の剣が落ちていることに気がついた。

 剣の刀身は黒く、少し不気味な印象を受ける。


「なんだこれ……もしかして俺のなのか?」  


 男の腰には鞘があるがそこに剣は入っていない。

 男は恐る恐る鞘に剣を差し込んでみた。


「お、綺麗に入った。周りに誰もいないし、まあ俺のだろう」


 男は他にも手がかりはないかと、さらにあたりを見渡す。

 すると自分の背後に高い崖があることに気付く。


「でかい崖だな……。ひょっとしてこっから……」


 崖から落ちて記憶を失ったのではないか、と男は考えたが、すぐにその考えを消した。

 崖はかなり高く、いくら地面に草が生い茂っているとはいえ、崖上から落ちたら即死だろう。

 実際、男はところどころに傷や汚れこそあるものの、そこまで大きな傷もなかった。


「はぁ……考えても無駄だな……。腹減ったしとりあえず森を出よう」


 男はそう決めるとゆっくりと歩き出す。

 森の出口などわからないから適当である。

 ただ直感的に草を掻き分け先へと進む。

 当然、進んでも進んでも出口は見えず、気がつけば日が落ち始めあたりは暗くなってきていた。

 遠くからは獣のうめき声が聞こえ、男は震える。


「俺、自分の正体すらわからないまま、獣に食われて死んじゃうのかなぁ……」


 思わずそんなことを呟いたその時、ガサガサと草の葉と葉が触れ合う音がした。

 男の額にヒヤリとした汗が流れる。


「え、えっとぉ~どちら様ですか?」


 男は恐る恐る小声で尋ねる。

 もしかしたら自分と同じく道に迷っている人かも知れない。

 だが、返事はなかった。

 男は腰の剣に手をかける。

 昔の自分ならば剣を自由に操れたのかもしれないが、記憶を失った自分にそんなことができる自信はない。

 だがそれでも、素手よりははるかにマシだろう。

 身構える男。どんどん音は大きくなる。

 そして、ついにその音の正体が姿を現した。


「へ?」


 男は思わず目を丸くした。

 なんと彼の目の前に現れたのは一人の少女だった。

 年齢は10代の後半といったところだろうか。

 顔にはまだ少しの幼さが残っているものの美しく、茶色い髪を後ろで一つに纏めている。

 服装は鎧を身に纏っているのだが、動きやすさを重視したデザインなのか、腕や足、腹部などがあらわになっており、少々目のやり場に困る。

 男がそんな予想外の出来事に驚いていると、少女の方から話しかけてきた。


「あの~、あなた何者?ハッ……!もしや盗賊……!」


 少女は男が剣に手をかけていることに気付くとすぐさま距離をとり、自分も剣に手をかけた。


「え、いやいやいや!違う違う違う!俺はただ森で迷っていただけだ!」


「本当に?証拠は?」


「証拠は……そうだ!俺のこの目を見てくれ!とても悪いことするようには見えないだろう?」


 そう勢いで言ってしまった男だったが、しまったと思った。

 男は自分の顔を知らない。

 もしかしたら凄い悪人面なのかもしれないし、いやもしかしたら記憶を失う前は本当に盗賊だったのかもしれない。

 少女は男を睨みつける。

 長い沈黙。重い空気が流れる。

 だが、その沈黙を破ったのは思いもよらないものだった。


 ぐぅぅぅ……


 その情けない音は男の腹の音であった。

 思えば何も飲み食いせず、森をひたすら彷徨っていた。

 彼の腹は限界を迎えていたのだ。

 これには恐い顔をしていた少女も少し表情が緩む。


「まあいいわ。戦う意思もないみたいだし、とりあえず屋敷に連れて行く」


 少女は呆れたようにそう言った。

 当然、完全に信用したわけではないため、男の黒い剣は少女が預かった。


「私はユイナ。ここら一帯を治めているコンドラッド伯爵家に仕える騎士よ。まあ、まだ見習いみたいなものだけどね。あなたは?」


「あ、いや。実はそれが思い出せなくて……」

 

「え?」


 男はユイナにこれまでのことを全て話した。

 ユイナは黙ってそれを聞く。

 そして、しばらく考えたあと、こう答えた。


「わかったわ。私も協力する」


「え、いいのか?」


「ええ。だって記憶がないなんてそんなの辛すぎるもの」


 次第にユイナの警戒心は薄れ、森を出るころにはすっかり二人は打ち解けていた。

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