第15話「姫」
魔物を撃退したシアン一行は散っていった兵士達の死体の埋葬をすませると出発、やがてムーデントに着くころには日はすっかり暮れていた。
(やっと着いたか……。しかし、まさかあのお嬢さんがこの国のお姫様だったとはねぇ。畑仕事を抜け出したいがために軽々しく同行したあの時の自分が恨めしい……)
オータスは思わずため息をついた。
もし、魔物から姫を守りきれなかったらと思うと背筋がゾッとする。
下手すればこの首は飛んでいたかもしれない。
「どうしました?さっきから顔色悪いですよ?」
そう言うとマインが馬を近づけてきた。
どうやら表情に出ていたらしい。
「いや、なんでもない。それより、ほら。確かあれがスタンドリッジ伯爵の屋敷だ」
オータスは道をまっすぐ行った先にある一際大きな屋敷を指を指す。
スタンドリッジ家に実際に来たことはなかったが、おおまかな場所は知っていた。
コンドラッド家とスタンドリッジ家の親交は古くから深く、今後行くこともあるだろうとユイナが教えてくれたのだ。
(面倒事はごめんだ。俺の役目はあくまで道案内。屋敷に着いたらとっととズラかろう……)
そんなことを考えていると、あっという間にスタンドリッジ家に到着した。
入り口には出迎えであろう何人かの人たちの姿が見えた。
馬から降り、シアンのいる馬車に屋敷に着いたことを告げる。
やがて、その馬車からその銀髪の姫は姿を現した。
お付きの女官に手を引かれゆっくりと馬車から降りる。
そしてそのまま屋敷に入るかに思われた。
だが、彼女は歩みを止め、オータスのほうを向く。
そして、にこやかに微笑むとこう言った。
「道案内ありがとうございました。魔物も貴方が倒してくれたと聞いています。なんとお礼を言ったらいいか……」
一国の王女は深々と頭を下げる。
その予想外の行動にオータスは思わずギョッとした。
「そ、そんな……姫殿下ともあろうお方がこんな私めに!どうか頭をお上げください」
「いえ、しかし……!」
「私はカーライム王国の一国民として当然のことをしたまででございます」
こういうときの礼儀作法などまったく知らぬオータスだったが、なんとか必死にそれらしい言葉を並べる。
過去の記憶がないのだからカーライムに対する忠誠などは微塵もないのだが、こうとでも言わなければ周りから殺されるかもしれない。そう思った。
だが、オータスの予想に反し、周りにいる兵や女官が顔をしかめるようなことはなく、その表情は先ほどまでとあまり変わらない。
(もしかしてこのお姫さん、これが普通なのか……?)
普通、国の王女ともなればめったなことでは頭など下げない。
特に相手がオータスのような下賤の者となればなおさらだ。
だが、シアン=ハンセルン=カーライムは違った。
彼女は相手の身分によって態度を変えるようなことはしない。
相手が誰だろうと、助けてもらえばお礼を言い、己に非があればそれを認める。
そのため、民や兵士といった身分が比較的低い者からの人気はカスティーネ王子よりはるかに高かった。
オータスとしても彼女の態度は好感が持てた。
だが、これ以上は面倒事に巻き込まれたくはない。オータスはすぐさま離脱を図った。
「で、ではこれで。私はそろそろ……」
そう言って小さく頭を下げると馬を引き、足早に元来た道を戻ろうとする。
ちなみにこの馬はユイナの屋敷にあったものを無断で拝借した。
もしユイナにバレればどうなるのかは想像に容易い。
そのためにも、早くモルネスに帰らねばならなかった。
だが、それを一人の少女が阻む。マインだった。
「オータスさん、もう夜も遅いですよ。賊や魔物に遭う危険も増しますし、今日はここに泊めてもらいましょう」
「いや、しかしそれでは伯爵家の迷惑に……」
オータスがそう言って断ろうとしたその時、不意に背後から声を掛けられた。
「なぁに心配はいらん。君ひとりくらいの寝床など簡単に用意できる」
突然の声に驚き、振り返る。
すると、そこには大柄の貫禄ある男の姿があった。
「あ、あの……あなたは?」
「俺はユーウェル=スタンドリッジ。この家の主さ。君はオータス君……でいいのかな?さっきそこの娘が言っていたけど」
「はいまあ……って、スタンドリッジ伯爵!?」
思わぬ男の登場にオータスは思わず目を丸くする。
伯爵家側の出迎えが何人かいたのは見えていたがまさか伯爵本人がいるとは思わなかったのだ。
だが、驚いたのはオータスだけではなかったようだ。
「あの古の英雄と同じ名前……っていうことは君がよくシューベルが言っていたあのオータス君か!」
「た、たぶん……」
ユーウェルは興奮した面持ちでオータスの顔を興味深そうにまじまじと見つめる。
おそらくフェービスの戦いでのことをシューベルから聞いたのだろう。
「まさかこんな形で会えるとはね!歓迎するよ!」
そう言ってユーウェルは手を差し出す。握手をしたいという意味だ。
(はぁ……これじゃあ帰れそうにないな……)
オータスは帰るのを諦め、渋々その手を握るのだった。




