第12話「出会い」
雲ひとつない空の下、オータスは懸命に畑を耕す。
容赦ない太陽の光が彼の身体を照りつけ、汗がぽたぽたと地面に落ちた。
息はすでに上がっており、体力はもはや限界を迎えていた。
「あ~、もう無理だ。休憩休憩」
そう言うと、ついにオータスは手に持っていた鍬を放り投げ、畑の外の草の上にごろんと寝転んでしまった。
さわやかな風と草の香りがオータスの疲弊しきった身体を癒す。
(まさか畑仕事がこんな大変だったとはな……)
オータスは少し前の自分の決断を後悔した。
事の発端は朝に遡る。
それはいつも通りユイナとともに朝食をとっていたときのことだ。
「オータスはさ、畑仕事と山菜採取、どっちがいい?」
「へ?」
「いや、いい加減モルネスでの暮らしにも慣れてきたころだと思うし、そろそろなにか仕事とか始めてみてもいいんじゃないかなぁ~って。それでまずはうちのお手伝いから、なんてどうかな。私もさ、穀潰しをいつまでも養うほどお人好しじゃないんだ……なんてね?」
そう言って冗談っぽく笑うユイナ。
だが、その笑顔からはどこか恐さのようなものが感じられた。
顔は笑っているが、心は笑っていない。そんな感じだ。
(まあ、確かに居候の身で何もしないってのもなぁ……)
オータスが居候を始めてからこれまでユイナはよく尽くしてくれた。
朝・昼・夜の三食は基本的にユイナが用意。また、オータスの部屋の掃除やベッドのシーツの交換、さらに服の洗濯も全てユイナが行っていた。
それに対し、オータスは何かしてきただろうか。
せいぜい食器の片づけを少し手伝った程度で、いつもユイナの厚意に甘えてばかりだ。
まさに穀潰しという言葉がよく似合う。
「わかった。そうだな……じゃあ畑仕事でもするかな」
「ほんと?ありがとう!すごい助かる!」
こうして、オータスは畑仕事をすることとなった。
ちなみに山菜採取のほうにしなかったのは単純に山を歩くのは疲れると思ったからである。
だが蓋を開けてみれば畑仕事もかなりの重労働で、たいして差はなかった。
いや、もしかしたら山菜採りのほうが楽だったのかもしれない。
もっとも、もう選んでしまった以上は考えても詮無きことなのだが。
(まあ仕方ない。気を取り直して、そろそろ再開……ん?)
身体を起こし、作業を再開しようと伸びをしたその時。
オータスの視界に一台の馬車が入った。
その馬車は上品かつ煌びやかな装飾がしてあり、モルネスの田舎風景の中では一際浮いていた。
率いる馬も毛並みが良く、どこか歩き方すら優雅さを感じさせる。
そしてその周りにはそれを守るように馬に乗った兵士数人の姿もあった。
(馬車に乗っているのはどこかの位の高い貴族の人とかか?)
ふとそんなことを考えていると、その馬車はオータスの近くまでやってきた。
そして、オータスのちょうど目の前のところまで来るとそれは止まった。
「あの、すみません。少しいいですか……?」
そう言って馬車の中から出てきたのは一人の少女だった。
まだ幼いながらも整った顔。さらに、彼女の煌びやかな服装や一つ一つの細かな動作はとても上品で、育ちのよさを感じさせる。
そして、なにより腰のところまで伸びる長い白銀の髪はこの世のものとは思えないほどに美しかった。
高嶺の花、とはきっとこういう人のことを言うのだろうとオータスは思った。
「実はムーデントの領主であるユーウェル卿に用事があるのですが、困ったことに途中で道に迷ってしまいまして……」
彼女はオータスにこれまでの経緯を話し始めた。
ムーデントへ向かい出発したとき、供の兵士は20人ほどいたという。
そして、そのなかにムーデント出身の者がいたため、道案内は彼を頼っていた。
ところが途中、山道で賊に襲われたときにそのムーデント出身の兵士は死んでしまった。
彼だけではない。
そこで連れてきた兵の半数以上を失ってしまったのだ。
こうして、案内役も護衛役も失い困っていたところ、オータスと出会ったのだ。
事情を聞いたオータスはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「なるほど、そいつは大変だっただろう。よし、ならばこの俺がその道案内を引き受けよう!」
「え……?わざわざそんな……悪いです」
「いや、ここからムーデントは遠くはないんだが少し道が複雑でな。口では説明しずらいんだ。だから気にしないでくれ」
そう言ってさわやかに微笑むオータス。
もっとも、その動機は過酷な畑仕事から逃れることができるという単純かつ情けのないものなのだが。
(この辺の地形とかユイナから教わっといてよかった……)
こうして、オータスは少女の旅に同行することとなった。
彼女が王女・シアン=ハンセルン=カーライムとは知らずに。




