第11話「バケモノ」
オータスが目を覚ますと、そこは暗闇の中だった。
目を凝らしてもなにも見えず、耳を澄ましても何も聞こえない。
この状況をいまいち理解することのできないオータスは、とりあえず闇に向かって叫んでみることにした。
「おーい、誰かいないのか」
だが、その問いかけに返ってくる言葉はなかった。
自分の中で焦りと不安が大きくなっていくのがわかる。
(落ち着け俺。思い出すんだ。確か俺は昨日……)
オータスはひとまず状況を整理することにした。
もっとも新しい記憶は昨日の夜だ。
フェービスの戦いに勝利したカーライム軍は宴を開いた。
当然、オータスもそれに呼ばれ、戦友たちと酒を酌み交わした。
そこまでははっきりと憶えている。だが、その先からは記憶が少し曖昧になっていた。
おそらく調子に乗って酒を飲みすぎたのだろう。心なしか身体が重く、頭も痛い気がする。
(ということは、酔ってどこか変なところで寝ちまったってことか……?)
もし、きちんとユイナの家にたどり着いていたのなら、叫んだときにユイナが気付いているだろう。
と、なれば、酔ってどこか知らないところで寝てしまったと考えるのが妥当だ。
(しゃーねぇ、とりあえず適当に歩いてれば明るいところに出るだろう)
そう決断し、片足を前に出したその時だった。
足はなにかにぶつかり、オータスは体勢を崩した。
そしてそのまま、その塊の上に覆いかぶさるように倒れてしまった。
「いてて……なんだこれ……」
倒れたオータスはその塊を凝視する。
そして、それの正体に愕然とした。
「ひ、ひと……!?」
暗くてよくわからない。
だが、それは紛れもなく人であった。
いや、正確には人だったモノというべきだろうか。
それはすでに生きてはいなかった。
オータスは急いでその骸から離れる。
そして周りをあらためて見渡すと、あることに気付いた。
「お、おい……こりゃ一体……」
なんと先ほどまでただの暗闇だと思っていたそこには数多の屍が転がっていたのだ。
そのあまりに無惨な光景はまるであの戦場を髣髴とさせる。
狼狽するオータス。すると、どこからか消え入りそうなほどに小さな呻きのようなものが聞こえてきた。
オータスはその声のしたほうを振り向く。
すると、かすかにまだ息があるのか口をパクパクとさせている者を見つけた。
「お、おい!なにがあった、誰にやられたんだ!」
オータスはそのいまにも死にそうな男に詰め寄る。
するとその男は再び口を開いた。
「バ……ケ……モ……ノ……」
化け物。確かにそう聞こえた。
こんな状況で冗談など言う者はいないだろう。だとすれば彼の言うことは本当のことということになるが、オータスはにわかには信じられなかった。
(化け物なんているはずが……。いや、この場合の『化け物』というのは比喩表現か?)
よく、武勇に優れていることを誉めるとき、『鬼のような』とか『獣のような』などと言う。
これもきっとそれと同じようなものなのではないか。
オータスはそう考えることにした。
「なぁ、その化け物っていうのは一体どいつのことだ。名前を言ってくれ」
倒れているその男にオータスはさらに尋ねる。
だが、その男は口を開かない。
その代わり、男はこいつが犯人だと主張するように静かに指を指した。
その指の示す先。そこにいるのがこの残虐な事件を起こした犯人ということになる。
「え……嘘だろ……?」
オータスは犯人の正体に衝撃を隠せない。
なぜならば、彼の指差した先に居たのはオータス自身だったからである。
「うわあああああああああああああああああ!!!!」
そんなけたたましい叫びとともにオータスは朝を迎えた。
窓からは暖かな日差しが差し込み、ベッドとオータスを照らしている。
まぎれもなくそこはユイナの家にあるオータスの部屋だった。
「なんだ夢か……」
オータスは思わず安堵のため息をついた。
(しかし夢にしては少々生々しかった気もするが……いや、あれは夢だ。きっと昨日、酒を飲みすぎたせいだな)
オータスはそう自分に言い聞かせると、ユイナが美味しい朝食を用意してくれているであろう、居間へと向かった。




