第117話「兄弟」
「ガハハ! まんまと引っかかったな阿呆ども! 観念せよ! ここが貴様らの墓場になるのだ!」
ゴルーテ王国将軍・ゴリゴア=ザナックは、崖上から混乱するカーライム兵たちを見下ろし、高らかに笑った。
ディスカレイ公爵の策、それは伏兵であった。崖上からの一斉射はことごとく前しか見ていなかったカーライム兵たちの脳天を貫いた。
ザナックの合図で間髪を入れず第2射が放たれる。崖下のカーライム兵にそれを防ぐ術はなく、次の瞬間にはけたたましい悲鳴が辺りに響き渡った。
と、その時。ザナックはある人物に目を留める。
「者どもあれを射よ。恰好からしておそらく敵の指揮官の一人だ」
そう言ってザナックが指さした先には、必死に叫びながら剣を振るう若者の姿があった。
なんとか兵士たちを落ち着かせようとしているのだろうが、しかしもはや彼の声は誰にも届いていないようであった。
狙いを定め、構える弓兵たち。そして。
「うっ……!」
放たれた矢の一本が若者の額に命中した。
男は馬から落ち、以降動くことはなかった。
「報告! 先鋒部隊壊滅! 率いていた若君は……討ち死にされました!」
その報告に、タランコス辺境伯とレヴィンは言葉を失った。
ザナックが射るよう命じたあの若者、彼こそタランコス辺境伯の長子・ベン=タランコスであった。すなわち、レヴィンからすれば兄にあたる。
ショックを隠し切れぬ二人に、さらに追い打ちをかけるように報告がもたらされる。
「ほ、報告! 敵軍、勢いそのままにこちらに迫っております! いかがいたしましょう! あの、閣下! どうかご指示を! 閣下!」
「ん、ああ。すまない」
部下の声に辺境伯はハッとする。
大切に育ててきた息子を失った悲しみはあまりに大きい。だが、ここでいつまでもボーっと立ち尽くしているわけにはいかない。
「向こうから来るというのなら迎撃するまで! 大人しく退却しておけばよかったと、後悔させてやるのだ!」
この辺境伯の言葉に動揺していた兵士たちも完全に戦意を取り戻した。
隊列を整え、みなゴルーテ軍の来襲に備える。
しかしながらただ一人、レヴィンだけは心ここにあらずといった様子であった。
レヴィンには3人の兄と1人の姉がいた。この中でも最も仲が良かったのが長兄のベンである。
母も異なり、年齢も5つ離れていたが、2人は意気投合し、いつも行動を共にしていた。
子どもの頃はともに野山を駆けずり回ったり、街へと繰り出したり。一緒に街を騒がしていた盗賊団を壊滅させたこともあった。
大人になってからも関係は良好で、暇なときなどは夜通しで飲むことも間々あった。
(ベン兄が死んだ……? もう会えない? まさか……)
頭に兄との思い出が次々と駆け巡る。
戦で身内が死ぬ。そんなことは別に珍しいことではない。戦場に身を置く者としてある程度の覚悟は決めていたつもりであった。
だが、いざその状況に直面したとき、そんなものは容易く崩れ去った。
レヴィン=タランコス。まだ若く経験も少ない彼にとって、親しかった兄の死はそう簡単に受け入れられるものではなかった。
だが、その未熟さがさらなる悲劇を招くことになるのだった。




