第116話「追撃戦」
オータスの策略により、ブレヴィット率いるシュペリエ軍は撤退した。
かくしてカーライム領内に残るはゴルーテ軍のみとなったが、そのゴルーテの陣営内では意見が2つに割れていた。
「シュペリエが撤退した今、もはや我らに勝機はありません。ここは急ぎ撤退するべきでは……?」
「なんと弱気な! だいたいシュペリエの弱兵どもなど、はなから当てになどしてなかったわ! むしろ邪魔者が消えて清々した! このまま侵攻を続けるべきだ!」
議論は紛糾し、結論の出ないままただ時間だけが徒に過ぎていった。
陽は傾きはじめ、空が紅く染まり始めたその時であった。
業を煮やした一人の男が、立ち上がった。
「もう良い。我が心は定まった。撤退だ」
そう告げたのは、三白眼と口元に蓄えたちょび髭が特徴的な細身の男であった。
男の名は、サフラン=ディスカレイ。ゴルーテ王国の公爵であり、そして此度の遠征軍の総大将を務める男である。
だが、その総大将の下した決断に、一人の将が異議を唱えた。ゴリゴア=ザナックである。
「公爵閣下、お待ちを! 撤退はなりません! ここで撤退しては一体我らは何のためにここまで来たのか! これだけの大軍を引き連れておきながら然したる戦果も上げられなかったとなれば、我らは国中で物笑いの種になるでしょう! 陛下もきっとお怒りになるはず! 閣下、どうかご再考を!」
必死に懇願するザナック将軍。すると、それに何人もの将が同調し始めた。
ディスカレイ公爵は困ったように頭を掻く。
「将軍たちの意見はよくわかる。私とて手ぶらで本国に帰るのは本意ではない。だが、無理に侵攻して多くの兵馬を失ってはそれこそ陛下がお怒りになるであろう」
「では兵馬を失わなければ良いのです。このゴリゴア=ザナック、夜陰に乗じ敵本陣に奇襲を仕掛け、兵馬を損なうことなく敵総大将の首を手に入れてご覧にいれましょうぞ!」
「敵の総大将はあのオータス=コンドラッドだ。奴ほどの将が夜襲を警戒してないとは思えん。ふむ、しかし今ので一つ策を閃いた。これならばカーライムに一泡吹かせてやることができるだろう。ザナック将軍、勇敢な貴殿にぜひとも頼みたいことがある」
公爵はそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。
そして、それまで公爵に対して不満を募らせていたザナックも策の内容を聞くと、快くそれを引き受けたのだった。
翌日、ゴルーテ軍は突如撤退を開始した。
この報を受けたオータスはすぐさま追撃隊を編成、その指揮をタランコス辺境伯に託した。
ゴルーテ軍を追う最中、タランコス辺境伯は息子に声をかけた。
「レヴィン、元気がないようだがどうした。まだ飛竜のことを気にしているのか」
「父上……。まあ、それは……」
「正直私もお前から話を聞くまでは飛竜なんて空想上の生物だと思っていた。そんな生物を実際に見て、戦ったというのだから不安な気持ちになるのもわかる。だが、今は目の前の敵に集中しろ。そんな様子ではせっかく拾った命、ここで落とすことになるぞ」
父に叱咤され、レヴィンははじめて自分が集中を欠いていたことに気が付いた。
己が頬を軽く叩き、自身に喝を入れる。
「申し訳ありません。父上。もう大丈夫です」
そう言って、レヴィンが気を引き締めたその時であった。
「ほ、報告! 先鋒部隊が敵の攻撃を受けております! 急ぎ救援を!」
「な、なに!?」
それはすなわちディスカレイ公爵の策の成功を意味していた。




