第115話「反撃の狼煙」
ネゲロ将軍の投降により、戦況は一変した。
「敵は大軍。しかし奴らは味方同士でいがみ合い、連携が取れていない。さらにはネゲロ将軍の寝返りでひどく動揺している。良いか。我らは多くの者たちを殺された。多くの村を、田畑を焼かれた。今こそ、報復の時! 全軍進め! これより要地を奪還するぞ!」
このオータスの号令を合図に、カーライム軍の反撃が始まった。
ネゲロよりシュペリエ軍の陣容は筒抜け。各要所の攻略はあまりに容易であった。
部隊を、一つまた一つと各個撃破していく。シュペリエ軍はその数の多さを活かすため、広範囲にわたって軍を展開させていたが、それがかえって仇となった。
状況不利と見たシュペリエ軍はすぐさまゴルーテ軍に援軍を要請した。しかし、ゴルーテ軍が動くことはなかった。
「ええい、ゴルーテめ! 盟約を違えるつもりか!」
シュペリエ軍総大将・ブレヴィット=ハーパ=シュペリエは怒りをあらわにする。
それもそのはず。再三にわたる援軍要請をあろうことかゴルーテ軍は無視したのだ。
もしゴルーテが動けば挟撃の形を取ることもできた。そうすればカーライム軍を一転窮地に追い込むことも出来たはずである。
軍師は言った。
「ううむ、ザナック将軍の件を未だに根に持っているのでしょうな。カーライムも我らの不和はネゲロから聞いているでしょう。ゆえに、挟撃の心配はないと判断してこうして大胆に攻勢を仕掛けてきた。いや、もしかしたらあの事件自体がカーライムの仕業だったという可能性も考えられますな」
「なに!? どういうことだ! ネゲロの仕業ではないのか。現に奴は処罰を恐れて敵に寝返ったではないか」
ブレヴィットは思わず耳を疑った。
あの時、シュペリエ軍の将たちの中で、ザナックが襲われたボルル渓谷に最も近い場所に陣を敷いていたのはネゲロであった。
またネゲロはオゲルニの事件以降、目に見えてゴルーテに不信感を募らせていた。
オゲルニを罪に問うよう、ゴルーテに強く働きかけるべし。それが彼の主張であった。
この2点から、ブレヴィットはネゲロが襲撃事件の犯人だと信じ込んでいた。もっとも、元からネゲロとは折り合いが悪かったという理由もあったが。
ブレヴィットの疑問に対し、軍師は答える。
「おそらくはこういうことでしょう。実際にザナック将軍を襲ったのは我らに扮したカーライム軍で、ネゲロは罪を着せられただけ。そして奴らは立場の危うくなったネゲロにこう囁いた。『投降せよ。身に覚えのない罪で処罰されるよりはマシだろう』と。結果として我らとゴルーテの関係は悪化し、また我が軍の貴重な戦力と情報は流出した」
その予想は当たっていた。
ブレヴィットはこの時初めて自分がカーライムの術中にはまっていたことに気が付いたのだった。
「つまりは敵にまんまとしてやられたというわけか! クソ腹立たしい!」
彼は顔を朱に染め、机を勢いよく殴った。
その拳は瞬く間に顔と同じくらい赤くなり、ブレヴィットは自分の行いを深く後悔したが、しかしその痛みで若干の冷静さを取り戻すことができた。
その時、ブレヴィットはあることに気が付く。
「待てよ、それが真なら我らに非はないではないか。このことを急ぎゴルーテ陣営に伝えれば誤解は解けるのではないか」
だが、軍師は静かに首を横に振った。
「いや、それは難しいでしょうな。これはあくまで私の推測に過ぎず確たる証拠もない。そんなものを果たして相手が信じてくれるかどうか」
「で、ではどうするというのだ! 」
軍師は悩んだ末、一つの結論を出した。
「我らに残された道はただ一つ。撤退しかありますまい」
かくして、シュペリエ軍はカーライム攻略を諦め、撤退を開始した。
ちなみにブレヴィットは、この遠征の失敗で父王からの信頼を大きく損ない、結果として後継者争いからいち早く脱落することとなる。




