第114話「将軍の決断」
周囲を見渡せる穏やかな丘。
カーライムでは「パレリアの丘」とよばれるこの地にシュペリエ軍の本陣はあった。
今、ここにはゴルーテからの使者が訪れていた。
「なに? 貴様、我らの軍がザナック将軍の部隊を攻撃したと、そう言うのか!」
そう声を荒げたのは、シュペリエ軍総大将にして王国第4王子・ブレヴィット=ハーパ=シュペリエであった。
ブレヴィットは鋭い目つきでゴルーテの使者を睨みつけた。
それに伴い護衛の兵士たちも殺気立つ。ブレヴィットが一言「斬れ」と命じればすぐにでも使者を一刀両断できる状況である。
使者はごくりと唾を飲み込むと慎重に答えた。
「はい。ザナック将軍配下の者は確かに攻撃を仕掛けてきたのはシュペリエの軍であったと、そう申しております。ブレヴィット殿下、お心当たりはございませんか」
その言葉に、ブレヴィットはさらに眉を吊り上げる。
「心当たりだと? そんなものあるはずもない! まったく、言いがかりも甚だしい! さあ、お引き取りを!」
「承知しました。ではそのように主にお伝えいたします。失礼」
そうして使者の姿が見えなくなると、ブレヴィットは小声で傍に控えていた軍師に命じた。
「昨日、ボルル渓谷に最も近いところに布陣していたのは確かネゲロ将軍であったな。とりあえず使者には強気に出たが……ううむ、短慮な奴ならば十分にありえる話だ。すぐに真偽を問いただす使者を送れ」
「ハッ!」
命じられた軍師はすぐさま幕舎を後にした。
新たな問題に思わず頭を抱えるブレヴィット。
と、その時。軍師と入れ替わる形で一人の兵が息を切らし駆けこんできた。
「ほ、報告します! ネゲロ将軍がカーライム軍に投降しました!」
「な、なに!?」
もはや意味が分からず、その場に立ち尽くすブレヴィット。
これもまたオータスの策略の一つであった。
前日、すなわちボルル渓谷にてゴリゴア=ザナックの部隊が襲撃を受けたその日の晩。
ズゴボ=ネゲロ将軍の陣に一人の来訪者があった。
その者は軽鎧に身を包んだ年若い女性であった。
「夜遅くの不躾な訪問、お許しください。私、カーライム軍大将軍補佐役のユイナと申します。此度は主・オータス=コンドラッドの使者として参りました」
「ふむ、オータス殿のご勇名は聞き及んでいる。が、現在我らは敵同士のはず。一体何用か」
ネゲロ将軍はそう言って一瞬扉のほうに視線を移した。
おそらく扉の先には幾人もの兵士がいつでも飛び出せるよう待機しているのだろう。
扉だけではない。窓の外からもいくつかの気配を感じる。
もし、この話が決裂すれば命はない。ユイナは覚悟を決めて、懐から一通の書状を取り出した。
「まずはこちらをお読みください」
ユイナから書状を受け取ったネゲロはしばらく黙って読んでいたが、最後まで読み終えると、それを丸めてユイナの足元に投げ捨てた。
「この俺に降れと? 冗談を。こちらが不利ならばともかく、優勢で下る阿呆がどこにいる」
その口調は明らかにオータスのことを小馬鹿にしたものであった。
しかし、ユイナは冷静さを崩さず、こう切り出した。
「将軍、今日の昼間にゴルーテ軍のゴリゴア=ザナックの部隊が襲撃を受けた話をご存知でしょうか。場所はボルル渓谷。このすぐ近くです。なんでも攻撃を仕掛けたのはシュペリエの軍だったとか」
ここでネゲロの表情が一変した。
「小娘、何が言いたい」
「いえ、ただ私は将軍の御立場を案じているだけです。位置関係からして誰が一番に疑われるかは明白ですから」
「脅すつもりか? なるほど、さてはその襲撃、貴様らの仕業だな?」
その問いにユイナは答えない。
しかし、それは答えを言っているようなものであった。
「まあ真実がどうあれ、俺がいくら否定したところで殿下は信じないだろうな。昔からあのお方はどうも俺のことが気に食わぬらしい。当然俺と殿下の不和のことも調査済みなのだろう?」
「はい。貴殿がもしこのままシュペリエ軍に残り続けたところで待っているのは処罰のみ。ですが、私たちのもとに降るのであればそれ相応の地位を約束します。どうでしょう、悪い話ではないと思いますが?」
「ううむ、見事に嵌められたな」
それからネゲロはしばらく熟考し、そしてついに決断を下した。
「良いだろう。その口車に乗ってやろう」
かくして、ズゴボ=ネゲロ将軍はカーライム陣営に降った。
そしてこれを契機に、戦いはカーライム軍優勢へと変化していく。




