第113話「疑心」
ゴルーテ・シュペリエの連合軍はその兵数の多さを活かし、いくつもの隊に分け、広範囲にわたってカーライムの拠点を叩き潰していった。
カーライム側も必死の抵抗を試みたが、ゴルーテ・シュペリエの精鋭たちを相手に手も足も出ず、ただ骸が増えるのみであった。
次々と陥落していく拠点。空へと昇る黒煙の数は日に日に増えていく。
そして今、ここボルレリアの町もまた陥落の時を迎えようとしていた。
「町長のワルツェです。我々はここに降伏いたします」
町の門が開かれると、壮年の男が姿を現した。
男は両の手をあげるとその場に跪く。上半身には何も着ておらず、それは武器などを一切隠し持っていないことを証明していた。
「降伏すると? 賢明な判断だ。我らも無駄な殺生は好まぬ」
そう言って兵たちの中から出てきたのは、明らかに雑兵とは異なる軍装をした偉丈夫であった。
ワルツェはこの偉丈夫こそが軍の指揮官だと確信すると、地に頭を擦り付けて男に嘆願した。
「降伏するにあたり、一つお願いがございます。此度の戦の責任はすべてこの私にあります。町の者たちは私の言うことを聞いていただけ。ゆえにどうか、私以外の者には手を出さないでいただきたく! どうか!」
身体に土ぼこりがつくことなど気にする様子もなく、ただただ頭を下げ続けるワルツェ。
その目には涙が浮かんでいた。
偉丈夫はそれをしばし無言で眺めていたが、やがて相好を崩し、言った。
「ワルツェ殿といったか。顔を上げられよ。貴殿の言い分はよく分かった。そう何度も頭を下げられてはな……」
「で、では……!」
一縷の希望を見出し、ワルツェは顔を上げる。
だが、次の瞬間。
「え……?」
その短い言葉を最後に、ワルツェの口が開かれることはなかった。
ワルツェの首は胴を離れ、丈夫の足元へと転がる。
偉丈夫はソレを踏みつけると、血のついた剣を掲げ、叫んだ。
「者ども進め! 門は開かれた! 町の者どもを皆殺しにし、我らに逆らったことを後悔させてやれ!」
その号令が蹂躙の合図となった。
ゴリゴア=ザナック。
それがボルレリアの町を瞬く間に攻め落とした偉丈夫の名であった。
ゴリゴアはゴルーテ王国の武人で、武勇に優れる一方で、残虐な性格で知られている。
現にボルレリアの町は破壊の限りを尽くされていた。
男たちは顔の形が分からなくなるほどまで嬲られたのち一人残らず殺され、女たちもまた散々凌辱されたのちに殺された。
悲鳴が町中に響く中、ゴリゴアは顔を綻ばせ、副官に言った。
「良い音色だ。俺ももう少し若ければ兵たちに交じっていたところだが、まあこうして遠くで音だけ楽しむというのも悪くない」
と、その時であった。
一人の兵士が慌てた様子でゴリゴアのもとへと駆けこんできた。
「将軍閣下、大変です! ボルルの村へと向かった隊が壊滅したとのこと!」
「なに!?」
それまでご機嫌であったゴリゴアの顔が一瞬で怒りに染まる。
兵士は怯みながらも、なんとか報告を続けた。
「そ、それが……。村へと向かう最中、突如シュペリエ軍からの奇襲を受けたとのこと!」
「シュペリエだと……!? おのれ、奴らオゲルニの件の報復のつもりか……!」
ゴリゴアはそう言うと、すぐさま本隊へ伝令を送った。
さらに配下の兵たちに警戒を強めるよう指示する。
もしシュペリエが裏切ったとなれば、カーライムとシュペリエの二国を相手にしなければならなくなる。用心をしておくに越したことはなかった。
もっとも、このときゴリゴア隊の周辺にシュペリエの軍勢など存在しなかったのだが。
「どうやら上手くいったようですな。コンドラッド伯爵」
「ええ。見るからに敵軍の動きが鈍くなった。どうやら策は成功したようだな」
伝令兵より報告を受けると、黒幕たちは顔を見合わせニヤリと笑った。
「しかし、シュペリエの軍旗を掲げ、ゴルーテ軍に奇襲をかけるとは。流石はコンドラッド伯爵ですな」
「いえ。この策が成ったのは、北域の地理に明るかったスペンダー卿がいたからこそ。我らをシュペリエと誤認させるためには、敵からこちらの姿があまり見えない場所から奇襲しなければならなかった。そういう意味ではボルル渓谷ほど適した場所はない」
オータスとスペンダー公爵の策。それは、シュペリエ軍になりすまし、ゴルーテ軍に奇襲をかけることで敵に疑心を植え付けるというものであった。
ゴリゴア配下の部隊がボルルの村へと進軍したとの報を聞きつけたオータスたちは、その途上にあるボルル渓谷の山上に兵を配した。
そしてゴルーテ軍が姿を現したその瞬間、シュペリエの軍旗を掲げ、頭上から矢の雨を降らしたのである。
ゴルーテ側から確認できるのはシュペリエの軍旗と人影のみ。まんまとゴルーテ軍はこの奇襲をシュペリエ軍の仕業だと思い込んでくれた。
かくして、オータスらの策は見事成功したのである。
「では、次の策に移るとしよう。これでゴルーテとシュペリエの仲を完全に切り裂く」
オータスはそう言うと、伝令兵を呼び、したためておいた書状を渡した。
それはシュペリエのとある将へとあてたものであった。




