第112話「亀裂」
「へっ! 弱すぎて肩慣らしにもならねえ。この調子なら案外楽に王都まで行けるんじゃねえか?」
男はそう言って、手に持っていた剣を乱雑に拭い、鞘へと納めた。
彼の足元にはいくつもの屍が積み上げられている。
男に女、年寄りに子ども。武装している者もいれば、そうでない者もいたが、いずれも一刀の元に斬り伏せられている。これらはすべてこの男がやったものであった。
男の名はオゲルニ。ゴルーテ王国の武人である。
彼は王からの命でカーライム側の拠点を潰して回っている最中であった。
「おい、これをやったのは貴様か! 貴様、ゴルーテの者だろう」
「あん?」
ふと背後から声を掛けられ、オゲルニは振り返る。
するとそこには二人の武人がいた。しかしその装備はオゲルニのものとも、カーライムのものとも明らかに違った。
「その軍装、シュペリエか。一体何用だ。何か俺に文句でも?」
「この町の攻略は先の軍議で我らシュペリエが任されていたはずだ。納得のいく説明をしてもらいたい」
「ああ、そういうことか……。何を怒っているのかと思えばそんなこととは」
そんなオゲルニの言い草にシュペリエ兵たちはムッとする。
今回のこと、どう考えても軍議での約束事を破ったオゲルニの方に非があるのだが、当の本人は謝るどころか悪びれもせずこう言った。
「あまりにもお前らがトロトロやっているもんだから、見るに見かねてこの俺が代わりにやってやったんだ。むしろ感謝してほしいくらいだね」
火に油を注ぐとはまさにこのこと。シュペリエ兵たちがさらに激昂したことは言うまでもない。
この事件はすぐさま軍全体へと広がり、やがては両国の総大将の耳にも入ることとなった。
当然シュペリエ側は「オゲルニを死罪に処すべし」とゴルーテ側に強く抗議したのだが、ゴルーテはこれを拒否した。
そのため、結果としてこの事件は両国の仲に大きな亀裂を生むこととなった。
一方、カーライム陣営。
シアンから勅命が下され、またオウガの首が何者かによって盗まれたあの日から4日ほど経過したが、いまだオータスら率いる12万7000の将兵たちはポンテクトゥ平原に留まっていた。
「兵の数でも士気の高さでも大きくこちらが負けるか……。どうすればいい」
そんな中、ショーン=スペンダー公爵は幕舎で一人眉間にしわを寄せ、思考を巡らせていた。
ゴルーテ王国とシュペリエ王国の連合軍はすでに国境を越え、いくつかの拠点を落としている。これ以上被害を広めないためにも急ぎこれを迎え撃たなければいけないが、しかし正面からぶつかっても勝ち目は薄いだろう。
何か良い策はないか。地図を睨み、必死に頭を働かせる。
しかし、ただ時間のみが過ぎるだけで一向に何も思いつかなかった。
と、その時。
「ショーン卿、少しよろしいか」
そう言って一人の男が入ってきた。
その人物にスペンダーは思わず顔を綻ばせる。
「これはコンドラッド伯。お身体はもうよろしいので?」
「ええ、おかげさまですっかり。しかし貴殿には特に苦労を掛けた」
「いやなに、たいしたことでは」
スペンダーとオータスはそう言って握手を交わすと、机を挟み向かい合う形で座った。
「して、どのような用件で?」
「実は配下の乱波に少し敵軍の様子を探らせたところ、面白いことがわかった」
その内容は、ゴルーテ王国のオゲルニという武人が起こした騒動を発端に両軍の仲が現在険悪になっているというものであった。
もともと今でこそ連合を組んでいるが、両国は長らく対立していた間柄である。当然中には、長年の仇敵と手を組むことに不満を持っていた将もいたはずだ。
そのうえでのこの騒動である。仲間割れも時間の問題といったところだろう。
「なるほど。確かにこれを利用しない手はない。勝ち目が少し見えてきましたな」
そう言う公爵の顔は先ほどまでとは打って変わり、とても明るいものであった。
かくして、その後諸将に招集がかけられ、軍議が開かれた。
その日のうちに策は定まり、カーライム軍は翌日の朝にはポンテクトゥ平原を出発した。




