第111話「アリサとホロリナ」
「お久しぶりですリベラナ伯爵。まさかこのような形の再会になるとは思いもしませんでしたが……」
シアンはそう言って、目前の敗将を冷たく見下ろした。
リベラナ伯爵は抵抗できぬよう縄によってきつく縛られている。また彼の傍らには大柄な兵士二人が立っていて不測の事態に備え目を光らせていた。
当然武器の類いは没収、上半身にいたっては裸である。
顔と身体は泥に塗れ、その汚れた姿はまるで物乞いのようであった。
「リベラナ伯爵。貴方は先の内乱の際も兄につき、この私に刃を向けてきましたね。一度許してあげたにもかかわらず、こうしてまた反旗を翻した。単刀直入に聞きましょう。一体私の何が気に食わないの?」
その声は静かでありながら、しかし確実に怒気を帯びていた。
が、当のリベラナ伯爵は反省するどころか悪びれもせず、こう言った。
「けっ、それだよそれ。俺が気に食わないのはその態度だ。なんでてめえはそんな偉そうなんだ? 王だから? ふざけるな。王というのは国で最も賢く、そして強くなければならない。が、貴様は果たしてどうだ。そもそも女なんてのは元来頭が弱く、非力な生き物だ。近い将来あのオータス=コンドラッドとかいう成り上がりの田舎貴族の傀儡となり果てるのは目に見えている。そんな奴にぺこぺこと頭を下げる自分に嫌気がさしたのさ。ほれ女王様、俺からの献上品だ受け取りな」
言い終えると、リベラナ伯爵はぺっと唾を吐き捨てた。
両者の間には十分な距離があり、その唾がシアンまで届くことはなかったが、しかしそのような行為が許されるはずがない。
伯爵はすぐさま傍にいた兵士たちによって組み伏せられた。
「ぐあああああああああああああああああああ!」
あまりの痛みに叫ぶ伯爵。
その腕は鈍い音を立てながらあらぬ方向へと曲がる。
シアンはしばしそれをつまらなそうに見ていたが、やがて伯爵が失神すると、ようやく兵士にやめるよう指示を出した。
「エステバ、この者の拷問は貴方に任せます」
「承知しやした。ですがこいつ気を失って……」
「冷たい水でもかければ起きるでしょう。なんとしてでも此度の争乱の黒幕をあぶりだすのです」
「へ、へい。仰せのままに」
エステバは主の変貌ぶりに苦笑しつつ、礼をするとその場を後にした。
その後ろをリベラナ伯爵を引きずった屈強な兵士二人が続く。
その日の夜、ムチェの町地下にある牢獄からは、けたたましい悲鳴が何度も聞こえたという。
翌日夜。ムチェの町・町長屋敷、ホロリナ=ホボロスの部屋。
ホロリナが日課である槍の手入れをしていると、扉をコンコンと叩く音がした。
「私、陛下の近衛が一人・アリサと申します。夜遅くに失礼します。ホロリナ殿、少しよろしいでしょうか」
「まあ! どうぞ!」
来訪者がアリサと分かると、ホロリナは快く部屋へと招き入れた。
アリサの手には酒と肴がある。
「今宵は月が綺麗ですのでともに一献、と思って来たのですが、武具のお手入れ中でしたか……」
「いえ、丁度いま終わったところです。ささ、中へ」
ホロリナは槍を丁重にしまうと、すぐさまアリサの分の椅子も用意した。
二人は机を挟んで向かい合うように座ると、静かに乾杯した。
「わぁ……。とても飲みやすくて美味しいです」
「よかった」
アリサが持ってきたのは葡萄酒であった。
昼に町の市場で買ってきたもので、酒精はそこそこ強いが、渋みが抑えられていてとても飲みやすい逸品だ。
二人はしばし酒と肴の味について語り合った。どういった味が好きで逆にどういった味が苦手か。
他愛のない内容ではあるが、しかし話のとっかかりとしては十分であった。
同性で歳も近く、共に戦場に立つ者。そんな二人の会話が弾まないわけがなく、すぐに二人は親しくなった。
「しかし昨日は凄かったですよね。シアン陛下、いつもは優しくて穏やかな方なのにリベラナ伯爵に対してはまるで別人のようでした。あれが王の貫禄、というものなんでしょうか。あの迫力には私まで思わず震えあがってしまいました」
夜はすっかりと更け、二人の顔は真っ赤に染まり、酒と肴が尽き欠けた頃。ホロリナがふとそんなことを口にした。
彼女がシアンの姿を実際に目にしたのは昨日が初めてであった。
当然貴族の娘という立場上、王都に上ったことは何度かある。だが、当時はシアンの父・イーバン王が健在であったため、シアン自身があまり表に出てくることはなかったのだ。
噂では『物腰柔らかで、内気で、虫一匹殺せないような性格』と聞いていたこともあって、昨日のことはホロリナにとってなかなかの衝撃であった。
「ええ。シアン陛下は本当に頼もしくなられました。でもその反面、無理をしているようにも見えて……」
アリサはそう答え、杯に残っていたわずかな酒をぐっと飲みほした。
彼女はしばらく空になった杯を見つめていたが、やがて何かを決意すると、立ち上がってホロリナの手を取った。
「あの、お願いがあるんです。この町に滞在している間だけでも、私に稽古をつけてくれませんか! 私、もっと陛下のお役に立ちたいんです!」
突然のことに初めは困惑していたホロリナであったが、その彼女の真剣な眼差しを見たら断ることは出来なかった。
「ふふ。それじゃあその対価と言っては何ですけど、私と友達になってください。これからも今日みたいに一緒に楽しく飲みましょう!」
ホロリナはそう言って無邪気に笑った。




