第110話「神槍」
「失礼しました。えっと、貴方があの神槍とうたわれる槍の名手・ホロリナ殿なのですか?」
アリサは確かめるように目の前の少女に尋ねた。
見れば見るほど、目の前に立っている人が無双の武人とは到底信じられなかった。
「は、はい。そう面と向かって言われると少し恥ずかしいですが……」
ホロリナ=ホボロスはその武名を誇るわけでもなく、ただただ恥ずかしそうにそう答えた。
顔を赤く染めるその姿はやはりごく普通の少女にしか見えない。しかし、これ以上質問を重ねるのは相手の心証を損ねるだけだろう。
そう判断したアリサは話を先に進めることにした。
「それでホロリナ殿の意見というのは?」
「は、はい! えっと我がホボロス家とリベラナ家は領地が隣同士ということもあって、先の内乱が起こるまでは何度か交流がありました。私自身もガバックの町に足を運んだことがあるのですが、残念ながら密林を通らずにガバックの町へと向かうのは不可能だと思います。しかも密林を抜けたとしても町の周りには深い堀と分厚い城壁があり、これを攻略するのは至難の業でしょう。なのでガバック攻略は諦め、代わりにここを攻め落とすべきと思います」
ホロリナはそう言うと、地図のとある部分を指さした。
「ここら一帯は穀倉地帯で、ガバックの町の食糧はここに大きく依存しているんです。ここを失えば敵もいつまでも悠長に町に籠っているわけにはいかないでしょう」
ホロリナが何を言いたいのか、それに気づいたアリサは思わず唸った。
すなわちホロリナは、穀倉地帯を焼き払うことで、敵をおびき出そうというのだ。幸い、穀倉地帯へは密林を通過する必要もない。
「私はホロリナ殿の意見に賛成です。諸将いかがでしょう」
アリサが周りを見渡すと、皆異論はないようであった。
それを受け、シアンが発する。
「それでは、ホロリナ卿の意見を採用し、明日我らはここを発ち、オネキシス南東部の穀倉地帯を目指します!」
こうして戦いの火蓋は切って落とされた。
ホロリナの策は見事功を奏した。
穀倉地帯を焼かれたことを知ったリベラナ伯爵はまんまと思惑通りにガバックの町より出撃したのである。
もはやこの時点で勝敗は決していたと言って良いだろう。
両軍はパル平原と呼ばれる地で激突したのだが、そこに待っていたのは戦などではなく、ただの一方的な虐殺であった。
「たあああああ!」
槍を振るう一人の少女。
その可愛らしい顔は返り血で真っ赤に染まり、その足元にはいくつもの骸が積み重ねられていた。
ホロリナ=ホボロス。彼女の武はその見た目に反してあまりに苛烈であった。
「ひ、ひぃいいい! 逃げろ! 逃げろぉぉぉぉ!」
「勝てるわけねぇ! ありゃバケモノだ!」
叫び、逃げ惑う者たち。その圧倒的な力を前に敵兵のほとんどはすでに戦意を喪失していた。
だが、戦おうと逃げようと結果は同じである。次の瞬間にはみな首と胴が離れていた。
「おっかねぇ……。ホント人は見かけによらねぇな」
エステバは遠くからその様子を見ていたのだが、途中から敵兵のほうに同情していた。
あれを前にして正気を保てという方が無理である。
だが、だからといって手を緩めるわけにもいかない。
「敵は完全に崩れた! 全軍、敵本陣へなだれ込め!」
エステバの号令で兵たちは雄たけびをあげて一斉に敵本陣へと駆けていった。
シアン軍の勢いは凄まじく、瞬く間に敵本陣は陥落。反乱の首謀者・リベラナ伯爵は逃走を試みるも失敗。捕縛された。
かくして、ホロリナの大活躍により、パル平原の戦いと呼ばれるこの戦いはシアン軍の圧勝で幕を閉じた。




