第10話「兄妹」
カスティーネとシアン。
同じ王宮に住んでいながら、二人がこうして対面するのはかなり久しぶりのことだった。
昔、まだ二人とも幼かったころは毎日仲良く遊んでいたのだが、年齢を重ねていくうちにお互い忙しくなり、会うことは徐々になくなっていった。
だから、二人の間には兄妹だというのに微妙な距離感があった。
いや、それだけではない。
気性が荒くて暴力的なカスティーネと優しく少し内気なシアン。
そもそも二人の性格は正反対なのだ。
おまけに考え方も違う。
民のことを嫌い、見下すような態度をとるカスティーネに対し、シアンは民を愛し、常に民と同じ目線で物事を考える。
この二人が次第に離れていくのは必然といっても良かった。
「シアン、お前も父上に呼ばれたのか?」
「はい。あのえっと……お兄様、さっきなにか酷く怒っているように見えましたけどお父様と何かあったのですか……?」
「あ、ああ。いやなに別にたいしたことではない」
さすがに長々と説教をされていたとは恥ずかしくて言えない。
カスティーネは具体的な内容については一切触れなかった。
だが、シアンも特に深く聞くつもりはないらしい。
短く「そうですか」と言うとペコリと頭を下げ玉座の間のほうへと歩いていってしまった。
やはり二人の間には妙な重さと気まずさがあった。
シアンが玉座の間に着くと、そこには二人の男の姿があった。
一人は宰相バイロン=グロワーズ。常に国王の側に立ち、政の補佐を行っている男だ。
そしてその横、玉座に厳然とした態度で座っているのがシアンの父にしてカーライム王国現国王・イーバン=ハンセルン=カーライムである。
現在62歳。高齢ゆえに髪や髭に多少の白髪こそ混じっているものの、その醸し出す威圧感はいまだ健在だ。
親子といえど、部屋にはただならぬ緊張感が漂う。
そして、しばらくするとようやく王の口は開かれた。
「シアン、お前を呼んだのはほかでもない。お前には兄の尻拭いをしてもらいたいのだ」
「え……?」
その予想外の言葉にシアンは思わず目を丸くした。
一体なにを言っているのか、まったく理解できなかった。
そんなシアンに、イーバン王はさらに言葉を続けた。
「シアン、お前にはムーデントへと向かってもらう。このあいだの戦のとき、カスティーネめがそこの領主であるスタンドリッジ伯爵に非礼を働いたらしい。本当ならば本人が侘びを入れるべきなのだろうが、あいつは頑固だ。意地でも謝りなどしないだろう。スタンドリッジ伯爵家は西防衛の要。またいつ再びジェルメンテが攻めてくるかわからないこのときに、国内で遺恨を残したままにするわけにはいかんのだ」
シアンはそれを聞き、ようやく状況を掴むことができた。
そして、先ほどの兄の様子を思い出す。
あのとき、カスティーネは反省などしているようには全く見えなかった。
だとすれば、カスティーネ自身に無理やり行かせたところで、関係修復は望めない。むしろさらに酷くなる可能性すらある。
シアンが行くしかないのだ。
カスティーネの妹にして、国の姫であるシアンが。
それがもっとも相手に誠意が伝わる方法だろう。
「わかりました。早速支度をします」
こうして、白銀の髪のお姫様のちょっとした冒険の旅が幕を開けたのであった。




