第109話「人は見かけによらず」
ムチェの町は複数の街道に面す交通の要所であり、また此度反旗を翻したリベラナ伯爵の領地・オネキシスの目と鼻の先に位置する。
ここは此度の戦において重要な拠点の一つであった。
当然、リベラナ伯爵は手始めにここを攻め落とさんとしたのだが、それは失敗に終わった。ムチェの町及びその周辺を治める領主・ジガント=ホボロス伯爵がいち早く官軍に味方することを宣言、要所たるムチェの町を護るべく増援を送ったためである。
シアン率いる3万の軍勢がムチェの町に到着したのは、ホボロス軍が見事反乱軍を追い返したその翌日のことであった。
「シアン陛下、ムチェの町にようこそおいで下さりました。わたくし、ホボロス伯爵閣下より町長を任せていただいております、ダッガスと申します」
シアンたちを出迎えた町長・ダッガスは、そう言うとその巨躯を折り曲げ、ゆっくりと膝まづいた。
この男、まるでクマのような荒々しい見た目をしているが、その仕草は王宮で通用するほどには丁寧かつ優雅であった。
「顔を上げてくださいダッガス殿。こちらこそ、このような大軍を快く受け入れていただき、ありがとうございます」
そう言って優しく微笑むシアン。
すると、なんとダッガスは感動のあまり涙を流し始めた。
「な、なんと! わたくし如きにはもったいなきお言葉! 恐悦至極にございます! ささ、このようなところで立ち話も何ですから、どうぞ我が屋敷へ」
結局屋敷へと着くまで、ダッガスは泣きっぱなしで、シアンは思わず苦笑した。
ダッガスの屋敷は、王宮にはもちろん劣るものの、それでも大きく立派なものであった。
清掃は隅々まで行き届き、装飾は華美過ぎず、かといって地味過ぎず。
内装のそこかしこから上品さが感じられた。
やがてシアン、エステバ、アリサの三人は応接間へと通された。
机を挟んで向かいにはダッガス町長が座る。
「改めまして陛下。ここムチェの町は全面的に陛下を支援いたします。何かご入用でしたら何なりとお申し付けください。また、本陣には当屋敷を使っていただければと」
「何から何までありがとうございます。私この屋敷、とても気に入りました」
「おぉ……。一日に二度も陛下よりお褒めの言葉を頂けるとは、このダッガス、なんと幸せなことか……」
なにやらぶつぶつと天の神に感謝の言葉を唱え始めたダッガス。
このままではダッガスが先ほど以上に面倒なことになりかねないので、シアンは話題を少し変えてみることにした。
「そういえば昨日、リベラナ軍の襲撃を見事退けたと聞きました。もしやダッガス殿自ら指揮を?」
「いえ、まさか。わたくしこんな百戦錬磨の戦士みたいな顔をしていますが、戦は大の不得手でして。生まれつき臆病な性格ゆえ、遠くから兵たちの怒号や馬の嘶きを聞こえただけでも足が震えます。戦場にはとてもじゃありませんが立てませんよ。血も苦手です」
そう言ってダッガスは恥ずかしそうに笑った。
「では戦の指揮はどなたが……?」
「ホロリナ殿です。ホロリナ殿は『神槍』とうたわれる槍の名手。その異名に違わず、圧倒的な武で瞬く間に敵兵を追い払ってくれました。流石は神槍、兵士たちが『早すぎて槍が見えなかった』と口々に言っておりました。あの方がいなければ、昨日のうちにこの町は叛逆者どもの手に落ちていたことでしょう」
万を超える軍勢をたった一人の武で退けたとは、俄かには信じられないが、しかしだからと言ってシアンは彼が嘘をいっているようにも思えなかった。
「そのような方がお味方とはとても心強いですが……。エステバはその方について知っていますか?」
武人であるエステバであれば詳しく知っているのではないか。そう思い、話をエステバに振るとやはり知っていたようで彼は頷いた。
「ええ。まあ実際に会ったことはありやせんが、噂くらいなら。なんでも100人を超す山賊団をたったの一人で壊滅させたとか、海賊討伐の折にはその斬撃で海を割ったとか。歳はまだ結構若いって話ですが、すでに伝説をいくつも作ってる、武人の間じゃそこそこの有名人です。いやぁ、今夜の軍議で会うのが楽しみだ。どうせなら、手合わせ願いたいねぇ!」
そう言ってエステバは豪快に笑った。
より信じがたい逸話が出てきたが、それでも神槍・ホロリナが強者であることは確かなようである。
シアン率いる官軍はおよそ3万。これに対し、リベラナ伯爵率いる反乱軍は4万5000。シアン自ら出陣したことで士気は高いとはいえ、戦いは厳しいものになることが予想される。
しかしここにきて若干の光明が見えてきた気がした。
この日の夜、さっそくダッガスの屋敷内で軍議が開かれ、主だった諸将が集められた。
「オネキシス最大の都市・ガバック。リベラナがいるのはおそらくここと思われます。しかしガバックへと向かうにはこの密林を通る必要があります」
彼女はそう言うと机の上に置いてある地図に印をつけた。
軍議の進行役を務めるのはアリサであった。
「なるほど。確かに俺が敵ならそこに伏兵を仕掛ける。アリサ、密林を避けて行ける道はないのか?」
すかさずエステバがそう問いかけたが、アリサは首を横に振った。
「ガバックへと向かう道は三本ありますが、どれもこの密林を通らなくてはいけません」
アリサのその言葉に諸将は絶望した。
それはすなわちガバックを攻めることは不可能ということを意味していたからである。
「となると、向こうさんのほうから出てきてくることを期待したいが、一度このムチェの町の攻略に失敗しているんだ。まあ迂闊には手を出しては来ないだろうな」
エステバはそう言うと、困ったように頭を掻いた。
カーライム王国としては、複数の敵を抱えているこの状況で反乱軍との戦いが長引くことはなんとしてでも避けたいところであった。
しかしその後、なんとか安全にガバックへと向かう手立てはないかと軍議は続いたが、結局これといった案も出ず。
部屋全体によどんだ空気が流れ始めていたその時であった。
「あ、あのっ! よろしいでしょうか!」
そう言って恥ずかしそうに手を挙げたのはこの場に似つかわしくない一人の可憐な少女であった。
美しくも、どこか幼さの残った顔立ち。亜麻色の長い髪は邪魔にならないよう耳の下で二つに纏められていて、立ち上がると可愛らしく揺れた。
「えっと貴方は……」
「は、はいっ! ジガント=ホボロスが子、ホロリナです!」
「ホロリナ? え、ホロリナ!? ええええええええええ!」
その名に、シアン、エステバ、アリサの三人は驚きのあまり思わず声を上げた。
それも無理はない。
槍の名手にして反乱軍の果敢な攻めからムチェの町を守り切った名将。
それがまさかこんな華奢で可憐な女の子とは思いもよらないだろう。
一方、ホロリナは三人が何に驚いているのかわからずきょとんとしていた。




