第108話「鬼神の首」
レヴィンが飛竜についてスペンダー公爵に報告をしていた頃、マインはオータスの幕舎へと向かっていた。
オウガとの戦いで深く傷ついたオータスを見舞うためである。
(オータスさん、もう目を覚ましてるかな? 飛竜のこともそうだし、話したいことがたくさんあるなぁ)
話す内容を頭の中で整理しながら、幕舎の入口まで来たとき、マインは足を止めた。
中から小声ではあるが男女の話す声が聞こえたのだ。
(この声はオータスさんとユイちゃんか。うーん。流石に二人の邪魔をするのは悪いですし、出直しますか)
オータスとユイナ。
二人の間には主従を越えた深い絆がある。その間に割って入るほどマインは無粋ではなかった。
だが。
(なんでだろう。なんか胸の中がこう、もやもやするなぁ……)
言葉に出来ない感情。
その正体が何かわからぬまま、マインは踵を返した。
翌朝。カーライム陣営に王都よりの使者が到着した。
内容は隣国の来襲を告げるものであった。
スペンダー公爵は、目を覚ましたオータスと相談の上、急きょ主だった将らを集め、軍議を開いた。
オータスは意識こそ戻ったもののまだ身体を自由に動かすことが出来ないので、軍議には出ず。代わりにユイナが参加した。
「ゴルーテ王国とシュペリエ王国が徒党を組み、カーライム領へ侵略を開始した。そこで我らはこのまま北上し、これを迎え撃つ! 良いか! これは勅命である!」
公爵の言葉に諸将はざわめいた。
「勅命」と言われた以上、これに堂々と異を唱える者はいない。だが、彼らの顔には明らかに不満の色が浮かんでいた。
(我らは今しがたオウガ軍と戦ったばかり。この反応も無理はないか)
スペンダー公爵は困ったように頭を掻く。
現在、ここポンテクトゥ平原にいるカーライム軍はおよそ12万7000。初めは13万であったが、オウガ軍との激闘で死んだ者、逃げた者、重傷を負った者を引くとこの数になる。
対して、ゴルーテ王国とシュペリエ王国の連合軍は総勢22万。兵力だけで見れば圧倒的不利である。
この上、士気も高くないとなれば、迎え撃ったところで一瞬で壊走するのは目に見えていた。
「公爵閣下。王都よりの援軍は見込めないのですか」
「残念ながらそれは難しいだろうな。ゴルーテとシュペリエの二国のほかに東の島国・ヤーペからも大船団が迫っている。さらに国内ではカスティーネ派の残党が決起。多くの火種を抱えたこの状況で、中央から増援が来るだろうと考えるのはいささか楽観が過ぎるだろう」
公爵の無慈悲な言葉に将たちの顔がより一層暗くなる。
これ以上士気を下げるのは避けたいところだが、かといって嘘をつくわけにもいかない。
と、その時。
「軍議中失礼いたします! 急ぎ公爵閣下の御耳に入れたきことが!」
慌てた様子で現れた一人の兵士。
肩で息をするその姿から、それが火急の要件であることを伺えた。
「何だ。申してみよ」
「ハッ! じ、実は、オウガ=バルディアスの首が何者かによって盗まれました!」
「な……!」
その言葉に一同衝撃が走った。
オウガ=バルディアスの首は、シアンからの命により、王都へと帰還した際、裏切り者の末路として人の往来に晒す予定であった。
そのため、他の将の首より厳重に保管していたはずである。それが盗まれたということは、何者かの陣営奥深くまでの侵入を許していたということである。
「一体何がどうなっている……!」
不自然な隣国の侵攻。盗まれた敵将の首。
事態は混迷を極めていった。
同日。
リベラナ伯爵率いるカスティーネ派残党を討伐するべく、3万の軍勢が王都を発した。
相手は4万5000。兵力では劣ってしまうが、しかし北部と東部に兵を割いている今、この数が限界であった。
総指揮官は女王・シアン=ハンセルンカーライム自らが務める。陛下が出陣し、将兵らを鼓舞することで、兵力差を少しでも埋めようというのである。
彼女の傍らには近衛大将エステバ=ジャンゴフと近衛中将アリサの姿もあった。
(エステバもいる。アリサもいる。大丈夫。兵力で劣っていても絶対に勝てる)
シアンはそう自分に言い聞かせると、大きく深呼吸をした。
近ごろ王としての立ち振る舞いが板についてきた彼女だが、戦の経験はまだまだ少ない。
表情にこそ出さないが、緊張で吐きそうなほどであった。
シアン軍はその後も順調に行軍を続け、その日の夕方には反乱軍鎮圧の重要拠点ムチェの町へと到着したのだった。




