第107話「伝説の再現」
飛竜。
大きな羽と無敵の肉体を持つ巨大生物。
伝説に登場することは多くあれど、実際にその姿を見たものはいない。ゆえに、飛竜とは実在しない架空の生物だと、誰もがそう思っていた。
だが、それは確かに実在していた。
頑強な鱗は剣も弓矢も魔術さえも通さず。一方で鋭い爪はいともたやすく兵士たちの鎧を貫いてみせた。
腰を抜かし動けぬ者。ただひたすらに逃げる者。果敢に立ち向かう者。
飛竜を前にした兵士たちの行動は様々だったが、彼らは皆「死」という同じ結末を迎えた。
血が大河の如く流れ、肉塊が積みあがってゆく。
これほど絶望という言葉が似合う場面もないだろう。
しかし、レヴィンもマインもまだあきらめてはいない。
「レヴィン卿。突然ですけど、姫騎士ロサが魔物の操る竜と戦ったっていう話をご存知ですか?」
「ロサの伝説の中でも有名な話だからな。もちろん知っているが……」
マインからの唐突な問いかけにレヴィンは困惑する。
まさかこの危機的状況でただの雑談というわけではないだろう。だが、レヴィンには彼女が何を伝えたいのか分からなかった。
マインはさらに続けた。
「さっき思い出したんですけど、ロサって確か苦戦しながらも最後は飛竜に勝ったんですよね。飛竜唯一の弱点を見抜いて」
「弱点……? ああ、なるほど。そういうことか」
弱点、という言葉でレヴィンはようやくマインの真意をつかむことが出来た。
姫騎士ロサ。カーライムの建国王・ヴァースの娘にして魔物の侵攻から国を救った大英雄。
彼女の逸話や伝説は数多あるが、その中に「飛竜と戦い、これを破った」というものがある。
カーライム王国に攻め込んだ魔物のなかには竜を自在に使役することが出来る者もいたという。
そしてその魔物はロサを倒すべく、一匹の巨大な飛竜を送り込んだ。
何百匹と魔物を倒してきた彼女も飛竜相手には流石に苦戦を強いられた。だが、彼女は激闘の中で飛竜の弱点を見つける。
その弱点とは、飛竜の身体で唯一鱗に覆われていない場所。すなわち腹部であった。
ロサは飛竜相手に接近戦に持ち込むと、素早い動きで撹乱し、一瞬の隙を突いて竜の腹を一気に切り裂いた。
こうして飛竜はその一撃で倒れたのである。
マインはそんな姫騎士ロサの伝説にあやかり、竜の無防備な腹部を狙おうというのだ。
もちろん言うのは容易いがいざ実行するとなればそう簡単に事は運ばないだろう。そもそもロサの話はあくまで伝説の一つとして語られていることであり、本当に腹部が弱点かはわからない。
だが、他に何か有効な手立てがあるわけでもない。二人はその僅かな可能性にかけ、すぐさま行動に移した。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
マインは跳躍すると、飛竜の前に出た。
そして詠唱を始めると、巨大な光の弓と矢が現れた。
「これが、私の魔力のすべて! 食らって!」
放たれた光の一射は上空へと大きく打ち上げられた。
そしてそれは大きく放物線を描いて飛竜の頭上へと襲い掛かる。
相手が並みの人間であれば肉片一つ残らず消し飛んでいただろう。
だが、魔力によって作られた光の矢も飛竜にとっては普通の矢と何ら変わらなかった。
飛竜は巨躯を素早く動かすと、その矢を羽の鱗で受けたのである。
マインの魔力すべてをつぎ込んだ一撃もその鱗を貫くことは叶わなかった。
だが。
「グァァァァァァ!」
ここで飛竜に異変が起こった。
飛竜は突如苦しみ悶え始めると、ついにはバランスを崩し、地面へと倒れたのである。
飛竜の腹部には一本の剣が刺さっていた。
マインが飛竜の注意を上空に引き付けている間、レヴィンが無防備となった腹部を剣で刺したのだ。
「まだだ! 全軍、竜に止めを刺せ!!!」
飛竜を空から落とすことには成功したが、一息つく暇などない。
レヴィンがそう号令すると、兵士たちが一斉に倒れた飛竜に襲い掛かった。
次々と飛竜の腹部に突き立てられる剣と槍。飛竜は初めこそ強く抵抗していたが、やがてその力もなくなったのか、ぐったりと動かなくなった。
こうしてレヴィンとマインは、数多の犠牲を払いながらも、見事飛竜を撃破したのだった。




