第106話「飛竜」
ポンテクトゥ平原・カーライム軍陣営。
オータスが敵指揮官・オウガ=バルディアスを討ち取ったことにより、バルディアス軍は瓦解。現在は掃討戦に移っている。
彼らは未だ隣国の侵攻を知らない。
「鬼神と恐れられたオウガ=バルディアスはオータス卿の活躍により倒され、従っていた敵将たちも続々と投降してきている。この調子であれば明日か明後日には王都へと帰還できそうだな」
兵より掃討戦の進捗状況を聞いたショーン=スぺンダー公爵は、満足げに頷いた。
彼はオウガとの戦いで深い傷を負ったオータスの代理として、現在軍の総指揮を担っている。
そんな中、彼のいる幕舎を一人の男が訪ねてきた。
「レヴィン=タランコス、ただいま任務より帰還いたしました! つきましては、公爵閣下に急ぎ報告したきことあり、参上した次第!」
「おお、やっと戻ったか。遅かったな。まあいい、入れ」
「失礼します!」
そう言って入ってきたのは、金髪の若い武人であった。
レヴィン=タランコス。タランコス辺境伯の末子であり、武に秀でる。
彼は今回、その能力を買われ、敵本拠を急襲する部隊の指揮官を任されていた。
「随分と汚れているな。よもや何かあったか?」
「ハッ! 実は、彼の地で我らは異形の敵と相対しました」
時を少し遡り。バルディアス家本拠・ゴレビアの町。
この地を急襲し、攻め落とさんとしたレヴィンらはその目前に広がる光景に度肝を抜かれた。
「な、なんだこれは……! どうなっている……!」
レヴィンは思わず叫んだ。
立ち上る黒煙。広がりゆく紅蓮の炎。建物はことごとく壊され、ただの瓦礫の山と化している。
なんと攻め落とすべきゴレビアの町はすでに陥落していたのである。
何が起きているのか理解の追いつかぬレヴィン。その時、隣にいたマインが声を上げた。
「レヴィン殿、上!」
言われるがまま上空へと視線を移す。するとそこにはゴレビアの町陥落の原因と思われるものの姿があった。
「あれは……飛竜!」
鋼のような肉体に巨大な羽と、鋭い爪。
その姿は紛れもなく数多の伝説や英雄譚に登場する飛竜そのものであった。
「あんなバケモノ倒せるはずがない! ここは撤退を……!」
そう言ってすぐさま撤退を指示しようとしたレヴィンであったが、それはマインによって遮られた。
「いえ、それは難しいんじゃないでしょうか。だってあの竜、もう完全にこちらに狙いを定めてきてますから」
「え?」
レヴィンが再び竜の方へと目を向けると、あろうことか竜はこちらへ向かって真っすぐ向かってきていた。
恐怖のあまり立ちすくむレヴィン。他の兵たちも同様である。
だが、マインだけは違った。
マインはすぐさま詠唱を始めると、巨大な火の玉を作り出した。
そしてそれを向かってくる竜の顔面に思い切りぶつけたのである。
まともにそれを食らった飛竜は怯みこそしたが、致命傷には至っていないようであった。
「くっ……! 仕方あるまい! こうなれば自棄だ! 弓兵隊構え! 放てぇ!」
レヴィンも覚悟を決め、兵士たちに攻撃を指示した。
放たれた無数の矢が竜を襲う。
が、鋼鉄の鱗に傷をつけることはかなわなかった。
「まずいな、来るぞ……!」
飛竜は攻撃をものともせず、一気にレヴィン隊へと接近すると、雑兵たちを一気に薙ぎ払った。
さらに咆哮すると、なんと口から炎を噴き出した。
「させません!」
マインはすかさず兵士たちの前に立つと、防御魔術を展開し、炎の息を防ぐ。
だが、それも長くは持たず、やがてマインの身体は炎に包まれた。
「きゃああああああああ!」
悲鳴をあげ、もがき苦しむマイン。
すかさずレヴィンは水の魔術を使い、これをなんとか鎮火した。
レヴィンは武人でありながら魔術も得手としていた。
「あ、ありがとうございます!」
「いやなに。しかしこれ、どうやって倒すか」
逃げることはかなわず、かといってまともに戦っても勝ち目はない。
伝説上の生き物を相手に、二人は光明を見いだせずにいた。




