第105話「鬼神との再戦 ~其の陸~」
(不思議だ。あれだけ手ひどくやられ、魔力も空っぽだというのに身体が軽い。それどころか身体の内から力が湧いてくる。お前が俺に力を与えてくれているのか……?)
オータスは、己が手に戻ってきた黒き剣を見つめ、心の中で問いかける。
すると、それに答えるように剣の刀身がより一層禍々しく光った気がした。
(そうか。ありがとな)
オータスはそう短く礼を言うと、雷伝う剣を構えた。
呼吸を整え、敵の姿を見る。
かつて挑み、そして敗れた相手。
だが、今は不思議と負ける気がしなかった。
「いくぞ! オウガ=バルディアスッッ!」
叫び、跳躍する。
もはや小細工などいらない。
渾身の力を込め、ただ真正面から鬼神の胴を斬った。
決着は一瞬であった。
とめどなく噴き出る血はまるで噴水の如く。
オウガ=バルディアスの鋼の肉体は真っ二つに両断されていた。
「勝った……のか」
その瞬間、全身から一気に力が抜けるのを感じた。
まともに立っていることもできず、その場に倒れ込む。
そしてそのままオータスの意識は遠のいていった。
一方、その頃。カーライム王国宮城。
ポンテクトゥ平原での戦いの結果を今か今かと待ち望むシアンたちのもとに、慌てた様子で一人の兵士が駆け込んできた。
はじめは戦の経過を知らせる使者かと思ったシアンであったが、彼の様子からしてそれはどうも違うようであった。
「ご注進! 北方の国境付近に軍勢集結しつつあり! その数およそおよそ22万! 旗印より、ゴルーテ王国とシュペリエ王国の連合軍かと思われます!」
兵士からの報告に、玉座の間は一瞬にして緊張感に包まれた。
「そんな馬鹿な。ゴルーテ王国とシュペリエ王国が手を組むなどにわかには信じられぬ」
「そうだ、何かの間違いではないのか?」
動揺する重臣たち。
それもそのはず。ゴルーテ王国とシュペリエ王国は共にカーライム王国の北に位置する国であるが、両国の仲は何度も武力衝突を繰り返すほどには険悪で、その対立の歴史は100年近くにも及ぶ。
そんな二国が同盟を結び、連合して攻めてきたなど到底信じられる話ではない。
「ユーウェル卿、此度の侵攻どのように思いますか」
依然重臣たちがどよめく中、シアンはいたって冷静であった。
もっとも、もし王という立場でなければ彼女も他の重臣たちと同様に狼狽していただろう。
「おそらくは両国の仲を取り持ち、矛先を我らへと向けた黒幕がいるものかと。こうなると、バルディアス侯爵の挙兵とも無関係とは思えませぬな」
意見を求められた宰相はしばらく思案した後、答えた。
「黒幕……」
シアンがそう呟いた、その時。
さらに別の兵士が慌てて駆け込んできた。彼の表情からそれが決して良い知らせでないことはすぐに伝わってきた。
「も、申し上げます! リベラナ伯爵離反! カスティーネ派残党と手を組み、ここ王都へ向け進行中! その数およそ4万5000! また、東方海岸より連絡があり、ヤーペ王国の軍船およそ600艘が接近しているとのことです!」
「そんなことって……!」
それまで気丈に振る舞っていたシアンも、これには思わず弱気な声がこぼれた。
重臣たちもみな絶望の表情を浮かべている。
北よりゴルーテ王国とシュペリエ王国、東よりヤーペ王国が侵攻、国内では貴族の反乱。
この状況に絶望しない方がおかしい。
(流石にこれが全て偶然なんてありえない……。やはりユーウェル卿の言うように裏で糸を引く誰かがいるのでしょう)
かつてない危機を迎えるカーライム王国。
だが、これはまだ地獄の始まりに過ぎなかった。




