第104話「鬼神との再戦 ~其の伍~」
「貴様! まさか……!」
鬼神と呼ばれしオウガも流石にこのオータスの行動は予想外だったのだろう。
それまで余裕に満ちていた表情に少しだけ焦りが見えてきた。
オータスはニッと笑った。
「驚いてもらえたようで何よりだ。たとえ無敵の強さを誇るお前でもこの至近距離ですべての魔力をぶつけられたらひとたまりもないだろう!」
「虫けらが……図に乗るなァ!!!」
オウガはオータスを振りほどくべく、身体を激しく動かしたが、オータスの手が離れることはなかった。
「この手は絶対に離すわけにはいかねえんだよ! うおおおおおおおおおおおお!」
オータスの身体がさらにまばゆく発光する。
そしてそれと同時に、オータスの口から大量の血が噴き出した。
魔力の全開放。その上さらに生命力を開放すれば威力はさらに増す。マインの言葉を思い出す。
(命を削ることになるとも言ってたな。構うか。命ぐらいかけなきゃこのバケモノは倒せん)
オータスから発せられたその光は次第に大きくなっていき、やがて。
とてつもない轟音が戦場に響き渡った。
大きく円形に抉られた大地。
粉塵が飛散するなか、一つの影がよろよろと起き上がった。
「ハァ、ハァ……」
やがて、その巨大な影の正体が露わになる。
立っていたのは、オウガ=バルディアスであった。
オータスはその足元に倒れ、ピクリとも動かない。酷く傷ついた肉体からは大量の血が大河の如くどくどくと流れだしている。
オウガはそれを無慈悲にも踏みつけると、勝利を宣言した。
「雑魚の分際でこの俺の身体をここまで傷つけたことは誉めてやろう。が、所詮犬死にだ」
オータスの決死の攻撃。それも鬼神オウガの前には無力であった。
かに思えた。だが、次の瞬間。
「がはっ!」
オウガは吐血すると、その巨体を大きくよろめかせた。
そしてついには膝をつく。
オータスの魔力とそして生命力をかけたその攻撃は、確実に鬼神の肉体にダメージは与えていたのだ。
「ちっ!」
身体が思うように動かぬことに苛立つオウガ。
そんな彼の前にゆっくりと二つの影が近づいた。
「オータスの作ってくれたこの好機、絶対に逃さない!」
「亡き主の仇……! 覚悟せよ!」
ユイナとウィル。オウガの攻撃を食らい満身創痍の身でありながら、二人はなんとか身体を奮い立たせると、オウガの前に立ちふさがったのである。
「ふん、貴様ら程度。この傷ついた身であっても容易く葬れるわ」
「本当に……そうかな? 魔剣はすでにあなたの手を離れているようだけれど」
ユイナはそう言って跳躍すると、素早くオウガの懐に入った。
オウガの魔剣は爆発のときに彼の手を離れ、少し離れたところに突き刺さっていた。
すなわち、オウガはいま丸腰である。
もっとも、彼女の手にも武器はもうない。先ほどの戦いで完全に朽ち、使い物にならなくなってしまった。
ならば方法は一つである。
刹那、彼女渾身の突きがオウガの腹に命中した。
「ぐはっ!」
戦場に立つ者ならば、仮に武器を失ったとしても当然何か戦える術を持っていなければならない。
彼女が体術を得手とするのは当然といえば当然であった。
が、それはオウガとて同じこと。
「おのれ、小娘がァ!」
オウガの反撃がユイナの顔面を襲った。
彼女はとっさに防ごうとしたが、しかし力の差がありすぎた。
勢いよく吹っ飛ばされたユイナは、岩に思い切り打ち付けられた。
「でいやああああああ!」
間髪入れず、今度はウィルがオウガに飛び掛かる。
彼もまた、先ほどの戦いで剣を失ったが、彼の手には予備の短刀が握られていた。
流石のオウガもダメージが大きいせいか反応が少し遅れた。
一閃。その一撃はオウガの右頬をわずかに抉った。もし、あともう少しオウガが避けるのが遅ければ右目に直撃していただろう。
「左目の次は右目を狙うか……。主従そろって不愉快極まりない」
鬼神オウガの左目には大きな傷跡がある。コーロの関の戦いの折、シャイニーヌ=アレンティアによってつけられた傷だ。
もし、ウィルの攻撃が命中していれば、オウガは両目の光を失っていたことになる。そうなればいくら最強の武人といえど、まともに戦うことはできなかっただろう。
「まさか我が主だけでなく、この私まで覚えていてくれたとは。仇の取りがいがあるな」
そう言って、ウィルは再び跳躍した。
今でも目に浮かぶあの凄惨な光景。一方的にやられる主の姿をただ見ることしか出来なかった。
己の無力さをひたすらに呪った日々。
が、それもこれで終わりである。
ウィルの、散っていった騎士団の面々すべての思いをのせた渾身の一撃がオウガを狙う。
そのまさに光の如き攻撃は今度こそオウガの身体を深く抉る、はずであった。
だが。
「仇を取る……? 不可能だな。なぜなら貴様と俺とでは武人としての格が違う」
「な、に……」
鈍い金属音が響き渡る。
ウィルは驚愕した。
それもそのはず、いとも簡単に短刀が折られたのだ。オウガの手刀によって。
「貴様も亡き主のもとへと連れていってやろう!」
オウガの蹴りがウィルの腹部を直撃する。
そしてわずかに浮かんだウィルの身体にオウガは容赦なく拳を叩き込んだ。
「ぐあっ!」
ウィルはそのまま吹っ飛ばされ、地面に強く打ち付けられた。
歯が何本か抜け、口からは大量の血が噴き出した。
そしてそのままウィルはぐったりと動かなくなった。
「他愛ない」
思わずそう呟いたその時だった。
ただならぬ殺気がオウガを襲った。すぐさまその方角へと目を向けると、そこにいたのは。
「オウガ=バルディアス。乱世が生んだ鬼神よ。この一刀で俺は貴様を倒す」
ボロボロに傷ついた身体を起き上がらせ、男は剣を掲げた。
その血に塗れた痛々しい姿にもはや余力が残っているようには思えない。
だが、オウガは感じていた。その男、オータス=コンドラッドの纏うただならぬ気を。
「成るほど。あの小娘もこの騎士も時間稼ぎ。本命は貴様か」
オウガがユイナやウィルと戦っている間、オータスは密かに起き上がるとオウガの手を離れた黒き魔剣を回収していた。
魔力の全開放からここに至るまで、すべてがオータスとユイナの作戦通りであった。もっともオータスもユイナもいつどこで死んでもおかしくない無謀に等しい策だったのだが。
「オウガ、覚悟!」
「いいだろう貴様のその一撃、受けてやろう。それを防ぎ切り、俺は貴様をねじ伏せる!」
雷が剣を伝う。
長きに渡る死闘。その決着が今着こうとしていた。




