第100話「鬼神との再戦 ~其の壱~」
ある日の早朝。
シアンは寝具より起き上がると、大きなあくびを一つ掻いた。
まだ眠気は残ってはいるが、王たる者いつまでも惰眠をむさぼっているわけにはいかない。
窓を開け、新鮮な空気を身体に取り込む。しばし小鳥のさえずりに耳を傾けようか。
ふとそんなことを思ったが、それは叶わなかった。
「陛下。火急の要件にて至急お目通り願いたく」
声の主はオータスのようであった。
が、その声に普段のような穏やかさはなく、シアンはその要件がただならぬものなのだと瞬時に察した。
「分かりました。今開けます」
流石に寝巻そのままの姿で臣下の前に出ることは憚られ、上着を一枚羽織る。
そして急ぎ扉の鍵を開けると、そこには走ってきたのか肩で息をするオータスの姿があった。
「ついに鬼神が動き出しました」
その言葉は束の間の平穏の終わりを意味していた。
オウガ=バルディアス。『鬼神』の異名をとる最強の武人。
内乱の際にはカスティーネ派に属し、コーロの関にてシアン軍と激突。シャイニーヌ=アレンティアら多くの将兵を討ち破り、それまで快進撃を続けていたシアン軍に大打撃を与えた。
この戦の後、バルディアス家は目立った動きは見せていなかったが、新政権樹立後も恭順は拒否。宮廷より送られた使者は尽く斬られていた。
ただちに派兵し、これを討伐すべしとの声も当然あったが、オウガは一筋縄ではいかない相手ということで決定は度々見送られていた。
「解せぬな。ナダルナルと呼応する形ならばいざ知らず、奴らが退いた後単独で挙兵とは」
主だった将たちが集められた中、はじめに口を開いたのは宰相のユーウェル=スタンドリッジであった。
オウガはたしかに猛将。しかし人一人の力には限界がある。
守りの利を捨て、どことも連携を取らずに寡兵で挙兵というのは明らかに得策ではない。
これにはすかさずオータスも同意を示した。
「ただの連携不足、というわけでもないだろう。いささか間が開きすぎている。この時期での挙兵、何か意図的なものを感じるが、さて何を企んでいるのか」
オータスの言葉に諸将思案を巡らせたが、答えは出ず。
ひとまず、オウガを止めるべく討伐隊を編成することとなった。
話し合いの結果、オータスコンドラッド伯爵が総大将に、そしてショーン=スペンダー公爵とトニーボ=タランコス辺境伯の二将がその下に付くこととなった。
もちろん、これに加え立地的に近い貴族諸侯からも兵を出させる。相手は鬼神・オウガ。万全を期して臨まなければならない。
と、その時。それまで黙っていた一人の将が口を開いた。
「恐れながら申し上げます。その討伐軍に、どうか我らアルネス騎士団も加えてはいただけないでしょうか。散っていった我が主の雪辱、この手で果たしたく存じます」
その将の名はウィル=ロッサリオン。
コーロの関での戦いで奇跡的に生き延びた彼は、亡き主の後を継いでいまはアルネス騎士団の団長となっていた。
もっとも、シャイニーヌを含め多くの者を失った騎士団にかつての面影はない。いまや騎士の数は100にも満たず、戦力としてはまったく期待できない状態である。
しかし、これをシアンは快諾した。
「わかりました。その強い意志はきっと鬼神の刃をも砕くことでしょう。それではアルネス騎士団もこれに加え、諸将急ぎ出陣の準備をお願いします」
そして五日後、討伐軍総勢13万はバルディアス軍9000と対峙した。
兵力差は圧倒的。しかし、討伐軍は再び鬼神相手に苦戦を強いられることとなる。




