第9話「凱旋」
フェービスの戦いが終わり、カスティーネ王子は王都・マテロへと帰還した。
戦いに勝利したことはとっくに都中に伝わっており、彼らが姿を現すと割れんばかりの歓声が起きた。
当然、王子であるカスティーネに対してはより一層歓声が大きくなる。
だが、カスティーネはそれに手を振って答えたりなどせず、むしろ迷惑そうな表情すら浮かべる。
(まるで蟲のようにうるさい奴らだ。こやつらの声を聞いていると耳が汚れる。なぜ父上はいつもこんな醜く卑しい奴らに愛想を振りまいているのかまったく理解に苦しむ)
彼は民というものがあまり好きではない。
服も汚く、言葉遣いも汚く、下品でただ群れることしかできない脆弱な者たち。
そのくせ少しでも政に不満があれば王族に対して反乱を起こす。
カスティーネにとって民とはそれこそ蟲と同等、下手したらそれ以下の存在であった。
そんなことを考えながら王宮の門をくぐると、突如カスティーネの前に一人の男が姿を現す。
だが、誰もその男を止めたり捕らえたりしようとしない。それは彼がカスティーネにとってもこの場にいる兵達にとってもよく知っている人物だったからだ。
「グロワーズか。なに用だ」
「はい」
そう答える声はひどくしわがれていた。
バイロン=グロワーズ。
それがその男の名であった。
彼は国王を初めとするほとんどの王族から信頼厚い男で長年この国に仕えてきた。
特に頭が切れ、戦場では軍師として多くの輝かしい功績をおさめている。
現在49歳。今はほとんど戦場に出ることはなく、基本的に宰相として国王の側に仕え、政の補佐を行っている。
「国王陛下がお呼びです。此度の戦について聞きたいことがあると……」
「わかった。すぐ行く」
カスティーネはそう答えると馬から下り、大きくため息をついた。
(どうせまた説教だろう。父上は俺に厳しいからな)
そして、カスティーネのその予想は見事に的中する。
玉座へ行くと、そこには顔を真っ赤にした父の姿があり、長々と説教を受けることとなった。
怒りの原因はカスティーネの今回の戦での態度の悪さ。
当然その中にはユーウェルへの理不尽な暴行も含まれているのだが、実はカスティーネはユーウェルのこと以外でも多くの問題を起こしていた。
配下の兵への暴力は当たり前、なかには戦場へと向かう途中の村を態度が気に入らないと言って焼き払ったなどということもあった。
その他にも多くの王子に対する不満が国王のもとへと届けられていた。
結局、カスティーネが開放されたのはもうすでに陽も落ちたころだった。
「ふぅ……やっと終わったか。チッ、あのクソジジイめ」
カスティーネは廊下で聞こえないように小さくそう呟くと伸びをした。
そして自分の部屋へ帰ろうとしたそのとき、ふと視線を感じた。
あたりを見渡すカスティーネ。そして、その視線の主を見つけることに成功する。
「そこで何をしてるんだシアン」
「ひゃい!?」
突然名前を呼ばれた少女は驚いてしまい思わず変な声をあげる。
年齢は15歳。
幼いながらも美しい顔に艶のある長い白銀の髪。
彼女の名はシアン=ハンセルン=カーライム。
カスティーネの妹であり、そしてこの国の王女であった。




