3つ目の事件
中学校の一角で、生徒が走り叫ぶ音が聞こえてくる。
「ちょっとぉ!どいたどいた!」
聡太と、将樹。2人は、1年A組の教室に滑り込んだ。周囲の生徒らは、あきらかに迷惑そうな目で2人を見ていた。
「田原、如月!大ニュースや!大ニュース!」
聡太が大声で言った。将樹は、ハアハアと肩で息をしている。
「なになに?落ち着いてから喋ってよ」
真理が言った。
「はあ、はあ…あの超人気アイドル、ユコりんが、覚醒剤所持で逮捕、された…その、覚醒剤が見つかった場所が…東石切町…」
聡太はそれだけ言うと机に突っ伏した。将樹も自分の席に着いたかと思うと、椅子にもたれかかってタコのようにダランと身体を垂れている。
「東石切って…すぐそこやん!」
亜希が言った。東石切は、校区内だ。歩いて10分弱もかからないほどとても近いのである。
「しかもまた薬物関係…関連性高いな…」
真理がつぶやく。…と、教室の前の方から、
「ちょっと、静かにしてや!今日数学の小テストやから、テスト勉強してんねん!?いみわからん!」
と言う声が聞こえた。舞花グループだ。声の主は真理やしおり、涼がグループから抜けたことで地位が昇格した美樹だ。3人も抜けたことで今まで舞花グループでありながらも舞花とあまり喋られなかった者たちが、舞花と随分話すようになったのだ。.
「あ、ご、ごめん…」
真理が小さく言った。「続きは聡太ん家の会議で」と将樹は言った。
追伸、しおりが今深く傷ついていることを、真理たちは全く存じなかった。
「この3つの事件、どう関連してるんかな」
亜希が言った。
「ちょっと、みんな、落ち着こ。関連してると限ったわけじゃないで。だいいち、カフェテリア事件と安藤内科院事件が関連してるって証拠も無いわけやし。」
将樹が初めて関連性を否定した。新しい意見に皆は目を丸くした。
「そういえばそうやんな…証拠は全くないのに、予想だけで私らやって来た気がする…」
と、真理。
「でも、そんなこと言ってたらキリないし。関連の理由は、薬物関係、それと脅迫やろ?それをもとにまた調査してみたらいいやん。もしあかんかったら違う説持ってきて調査すればいい話やん。」
と、聡太。一番妥当だ。
「そうね。聡太くんの案が一番いいセンなんじゃない?」
と、再び亜希。
「そうや、さすがは議長やわ。議長、進めて。」
将樹が言った。
「うん。で、俺が考えたのが、『薬の会社』だ。」
いきなり議長の意見である。3人は一瞬固まったが、聡太の性格を考えてすぐに戻った。
「薬の会社なら、青酸カリやニコチン、そして覚醒剤が手に入りやすいじゃないか?」
と聡太は説明した。
「にゃ、にゃるほど!」
と、亜希。(三毛猫にゃんこをさわっていたのである)
「でも、薬の会社じゃなくても青酸カリは高校から大学で研究されてるやろうし、ニコチンはタバコに入ってるし、覚醒剤も密輸とかの手を使って手に入れることはできると思う。」
と、真理。
「えーー、でもさ…」
聡太はなんとか言い訳を考えているが、なかなか出てこない。
しばらく沈黙が続いた。しーーん…
「あ、わかった」
切り出したのは将樹。みんなの視線が将樹に移る。
「TRD株式会社ってさ、薬の会社じゃなかった?」
「あっ」
聡太は急いでタブレットを開いて調べ始めた。…たった10秒で答えが見つかった。
「そう、将樹の言うとおり、製薬兼薬物開発会社。」
「…となると…怪しいのはTRD株式会社やな。」
「青酸カリブラックコーヒーで殺されたのはTRD株式会社の社長やしな。」
「お、犯人像が見えてきた。怪しいのはTRD株式会社の社員で、連携作業ができるやつ。」
気持ちが高ぶるのを抑えて、真理は考えた。次々とみんなが発言していく。
ただ、亜希だけはずっと黙っていたのだ。
「おい、如月、どうしたん?」
将樹が声をかけた。亜希は「なんでもない」と首を振る。将樹は続けた。
「なんか、如月怪しくね?ずっと前から思っててんけど、お前何で俺たちの調べてる事件の深刻度が分かるわけ?それ、不自然やん。」
亜希はまだ黙っている。
「ちょっと、将樹、それは言い過ぎ。だって青酸カリとかニコチン、覚醒剤って危ないキーワードやん?深刻な事件であることには間違いないんやし…」
真理はフォローした。
「ち、違うねん…!」
亜希が目を潤ませながら立ち上がった。
「この事件の黒幕、私知ってんねん。でも、それは言えへん。警察にも言えへんの。そういうこと。ごめんなさい、騙してて。私、サイテー。こんなにいい人たちを騙すとか。ごめん、私帰るね!」
真理たち3人は呆然と亜希を見ていた。亜希はすぐに頭を上げると、自分のポシェットを肩にかけ玄関まで走り出し…
「待てよ!」
聡太はいきなり大きな声を出して亜希の手首を掴んだ。亜希は目を見開いて聡太を見る。
「最低やな。お前。」
こんな言葉が聡太の口から漏れるとは思わなかった真理である。真理は「聡太!」と叫んだ。
亜希は、目から涙を溢れさせた。一瞬、聡太の握力が弱まる。その隙に亜希は聡太の手をふりほどいた。
「ごめんなさいっ!私を許して…」
亜希は3人に背を向け、走り出した。
「おい!如月!?」
聡太は玄関から逃げる亜希を追いかけようとした。が、亜希はもうそこにはいなかった。
「TRD株式会社の他に考えられる犯人…これとよく似た組織じゃないと犯人とは言えない…」
真理は頭を垂れてそう言った。
「TRD株式会社と同じく製薬兼薬物開発会社…」
将樹が答えた。
聡太たちは、呆然と亜希の去っていった方向を見ていた。
「おはよう!◯◯!」
「おっはー!」
「今日のテストヤバい!」
「アハハハ、何やってんの」
いつも通りの朝。括弧、みんなには。真理にとって楽しみの朝が失くなり、朝はただ眠いだけ…
真理はこの寂しさに耐えられなくなった。しおりの背中が目に付く。
「しおり…」
しおりが振り返った。
「ねえ、こないだはほんまごめん。しおりがおらんかったらあたし辛くて…」
「如月さんと楽しそうに笑ってたやん!探偵ゴッコしてたやん!お喋りしてたやん!…嘘やん、そんなの。しおりがおらんと辛い…?全然辛そうに見えへんかったけど?ほんま真理って気小っちゃいなぁ。」
凍りつくほど冷たい言葉。真理は背筋が寒くなった。だが、しおりは心が凍りつくほど傷ついたのだ。この凍傷はどうすれば完治するのだろうか…
「しおり…そんなん…私、亜希ちゃんといる時、たしかに楽しかった。でも、しおりがおった方が何千倍も楽しかったと思う。…そんなことより、謝らなあかんよな。独断でグループ抜けたこと。ほんまに悪かったと思ってる。ごめんなさ…」
「黙って。謝るとか。ハハ。真理らしいな。謝らんくてもいいから、黙ってくれる?あんたの顔見んのも嫌やねん。向こう行って。」
「しおり…!そんな…待って!」
「喋るな!声も聞きたない!あんたとは関わりたくないねん!あんたなんか親友でも、友達でも、最初から違っててん!」
頭を殴られたような衝撃を覚えた。ゴーンという音がする。そして、頭ではなく、心臓の痛みがガンガンと押し寄せてくる。真理は笑うでも、泣くでも、怒るでもなく、無表情だった。さっきのしおりのように。身体のまわりを氷が固める。
その代わり、しおりは氷がとけた。スッキリと深呼吸をする。
(つぎはあんたが氷になるんや)
しおりはそう思った。
「しおり!」
「涼!」
「ね、今日、久しぶりにスタバ行かへん?この頃塾で勉強漬けでストレスたまってんの。お金も貯まったしさー」
「いこいこー」
真理は何も思わなかった。