引き換え
「舞花!」
「大丈夫!?」
カタツムリが出てきはじめた頃に、やっと舞花が学校に来た。
「うん。もう大丈夫。」
大丈夫というが、目元には少しだけクマができている。
「でも、お父さんはまだ警察おるんやろ?大丈夫なん?」
思わず涼がそう言ってしまった。しおりが小声で「あかん」と言った。が…時は遅かった。
「何。涼。そうや、ウチのお父さん、まだ警察に居るで。そうやんな、涼の言う通り。」
舞花は涼に近づいていった。涼は口を手で覆って怯えている。
「涼、最低。」
「言ってもええこととあかんことがあるん、分かってないん?」
「意味わからん。」
みんなが涼を罵る。中で、しおりと真理は黙るしかなかったのだ。
「涼、あんた、このグループに不相応なんとちゃう?」
舞花の一言に、涼は顔を蒼白にした。イコール、このグループを抜けろということなのだ。
「え………あ、あたし……」
涼は言葉を詰まらせた。舞花は「何」と涼に訊く。
「涼、じゃあね。涼の『広報担当』、違う子に任せよ。」
加奈が言った。…と同時に、涼は、一歩一歩退いていき、逃げるようにグループを抜けた。
「『広報担当』はしおりに任せるわ。お願いやで、しおり。」
舞花はすぅっともとの笑顔に戻った。しおりは「うん、ありがと。」と大きくうなずく。
真理は、内心反発していた。涼の言ったことは、確かに舞花の心に刺さったかもしれない。だが、それは涼の居場所を奪うくらいの重みなのか?
そして、涼を、あのような他人を少しでも傷つけるような人間にしたのは、舞花グループのせいではないのか。
真理は、無性に舞花グループを貶したくなった。
「じゃ、もうHR始まるし席つこう。解散!」
舞花が言った。みんなは「ハーイ」と返事して席についた。
「やばいで、真理…」
隣の席のしおりが言った。
「な、何で…」
「舞花のお父さんに話訊きたいのに、舞花にお父さんのことを話されへんやん…」
やっと気付いた。真理は目をまん丸にした。
(ピンチ………)
だが真理はあることを決心し、それと同時にある実行計画を練った。
成功するかどうか分からないが。
「以上。解散。」
担任教師が教卓から離れて、1年A組の生徒らは各々の部活の準備や、帰宅する準備をしていた。
「加奈、結衣、沙弥、部活行こう!センパイに怒られてまう」
舞花グループの者たちは、舞花に続いてロッカールームに向かった。もちろんしおりと真理もだ。
舞花は動作が速い。すぐに着替えを済まし、ラケットを持ってロッカールームを出てしまった。
「あ、舞花、ま、待って!」
真理もできるだけ速く用意して舞花を追いかけた。「TOPグループ」と呼ばれる舞花の側近加奈、結衣、沙弥は不審そうな目で真理を見ているのだが。
「あれ、真理。早いな。みんな遅いから一緒に行こう。」
舞花は微笑んだ。だが、その不敵な微笑みは虚像であるということは、真理にはもうわかっているのだ。
「う、うん。あ、あんな舞花。私としおりと中村聡太と水川将樹な、探偵やってんねん。でさ、安藤総合病院の事件のことも、調べてんねんけど…」
話の区切れで舞花の表情を確認する。舞花は真顔で真理の話を聞いていた。いや、真顔というより、睨んでいたと形容した方が良い。だが、真理は話を続けた。
「舞花のお父さんに訊きたいことあんねん。だから、訊かせてもらわれへん」
心臓がバックンバックンと鳴り出す。真理は固唾を飲んで舞花の言葉を待った。
「あんたのために私、そんなことまでしなあかんねんや。そうなんや。」
舞花の目が光った。
「グループ、抜ける?別に私、あんたとかしおりとか、必要じゃないねんけど。」
舞花はそういい払った。真理は、小さくこっくりをした。
「で、でも、お願いがあんねん。私がグループ抜ける代わりに。」
「何」
「舞花のお父さんに会わせてもらわれへん。面会人として行きたい。どうしてもやねん。」
真理は頭を下げた。舞花は真理を欺くような目でうなずいた。
「ふん、分かった。でも、もう私のオコボレ、もらわれへんけど。あんた、友達おらんくなるんとちゃう?」
違う。真理は、首を振った。
「私には、あんたがおらんくても、しおりがおるもん。」
しおりは、舞花たちではなく、自分を選ぶ。真理は確信している。
考えがねじ曲がったこんなグループ、抜けるのよ。
「あっそう。じゃ、あんたが私のパパと会うまで、付き合ってあげるわ。」
真理はうなずいた。
「ええええええええっ!?」
はてなマークのたくさんついた大きな声を出したのは、しおりだ。
「真理、いつの間に舞花のお父さんと…」
ここは真理の家。今日は聡太がサッカーの試合観戦なので、聡太の家には行けないのだ。ちなみに、将樹も家の用事でいない。
「ま、舞花は承諾してくれたん!?」
しおりが言った。真理は静かに話し出した。
「しおり、ごめん。舞花、私らが舞花のお父さんと会うことと引き換えに、グループ抜けろって。だから、もう舞花とは縁が切れたってわけやねん…でもな、あんな最低なグループ…」
真理が話を進めていくうちに、しおりの顔色が変わっていった。真理は、「どうしたん?」と訊いた。
「ま、真理?ちょ、ちょっと待って、じゃあ、あたしも抜けなあかんくなるやん?」
「え…?」
「まさかあたしもそのことに関係してるって言ったんやないやろな?」
真理はひたいに汗を流した。まさか…、しおりは舞花たちを選ぶ…?そんなはずはない。絶対に。
でも、しおりの表情は、どんどん変わっていった。
「真理!何してくれたん!?もっと違う方法があったはずやろ!?いみわからん!あたし今までグループで楽しかったのに!あ、あんたのせいであたしの楽しみぶち壊されたやんか!」
まさか、しおりの口からそんな言葉が出てくるとは、思ってもなかった。真理は、震えながらひたすら「ごめんなさい」と謝り続ける。
「…もうあたしと喋らんといて。あんたなんて最低やわ。じゃあね。」
しおりはそう言い捨てて真理の家を出て行った。…あまりにもあっけなかった。
「し、しおり…!」
外には、大粒の雨が降り注いでいた。