冴えてる探偵
「舞花のお父さんの病院が…」
「舞花、昨日めっちゃ泣いたみたいで…」
「絶対舞花パパは何もしてないで!」
あのニュースがあった次の日、舞花は学校を休んだ。舞花グループの子たちは学校に来るなりその話を始めた。加奈、結衣、沙弥、陽奈、涼、恵美、そしてしおり、真理、……舞花グループはいつもより活気がなかった。
それに代わってはしゃいでいたのは由香たちのグループだ。舞花らはこのグループのことを「ショートカット」と呼んでいる。その名の通り、5人のうち4人がショートカットなのだ。
「キャハハハ、ひとみ、ったく何やってんのー」
「だってぇー、あはははは」
「それでそれで?遥はどうなったん?」
別に舞花たちの悪口を言っているわけではないのだが、そのはしゃぎっぷりは舞花たちに見せびらかすような態度だ。しおりは「何なん、あれ」と由香グループ「ショートカット」を睨んでいる。
一方真理はそれどころではなかった。亜希にあの話の続きを訊きたいのだ。教室の扉を横目でチラチラと見ている真理に、陽奈が声をかけた。
「真理ちゃん、どうしたん?もしかして、さ。如月亜希待ってるん?伊勢旅行で、なんか喋ってたやん?」
疑うような目。そして、陽奈の「如月亜希」という固有名詞に、舞花グループの何人かがちらりとこちらを向いた。真理は、足がすくんでしまった。
「…ま、まさか…あ、あはは。そんなわけないやーん、あん時喋ってたんは気分が悪いって言ってただけやし…」
無理に笑顔を作る。しおりや舞花たちの言い方を真似して、軽快に。ノロケて。力を抜いて。
「そりゃー、そうやんな。ごめんごめんー何もなーい」
陽奈は軽く言うと、みんなに向き直った。
「なー、元気だそっ!舞花がおらんくても、ウチらがが暗くなってたらあかんやん!こんな時こそ…」
「オオカミゲーム!」
すかさずしおりが言った。舞花グループに馴染んでいないのはもう真理ただ1人かもしれない。
「さ、カード配ろ!」
なぜかカード係はいつも陽奈だ。シャッシャッシャ、と手際良くカードを配って行く。
真理のカードは「狐憑き」。オオカミでも人間でもない、孤独な存在だった…
「ほんま、『ショートカット』ムカつく!絶対陰で舞花の悪口言ってる!」
しおりが言った。こめかみに「怒りマーク」がつきそうなくらい怒っている。
やはりここも聡太の家。聡太はふくれっ面で漫画を読んでいた。
「将樹、どんな記事?」
真理が訊いた。メモを取る準備をしている。
「ん、安藤内科病院で注射を受けた枚岡警察の原本健さんの血液に大量のニコチンやって。」
新聞のカシャっという音がして、新聞の横から将樹が顔を出した。漫画を読んでいた聡太は本を放り出し、将樹のところまで四つん這いで進んだ。
「事件じゃなかったんとちゃう?多分その人、タバコ吸ってニコチン依存か何かになって、注射したらなんか知らんけど反応して死んじゃってんやわ。」
しおりが言った。はぁっとため息をつく。
「ま、そーいうことかな。」
将樹がうなずく。
「おい、将樹、読みとばしてない?1番重要な情報、抜けてんで。」
聡太が怒った顔で言った。将樹はまさかと笑って振り返った。
「警察はタバコの影響でニコチンが血液内に存在したとみたが、原本健さんの妻嘉子さんは『主人はタバコは吸わない』と証言している。…やっぱこれは事件やろ」
将樹はあっけに取られてポカンと聡太を見ていた。しおりも真理もヒソヒソと囁きあっている。
「なんやねん、何か悪い?」
聡太が怒って言った。三毛猫のみゃんこもプイと向こうに行ってしまった。
「聡太、賢なったな…」
真理が笑って言った。しおりもうなずいている。
「まさかと思ったわ。どうせお前のことやから変な記事を読むやろって思ってたわ…」
将樹も恥ずかしそうに聡太を褒める。聡太はへへへと笑った。…気がつくと、みゃんこは台所にいる聡太の母に、ししゃもを貰ってご機嫌な様子で戻ってきていた。
「よし、会議再開な。」
聡太が議長用の椅子に座ると、3人も背筋を伸ばして椅子に腰掛けた。
「血液内にニコチンが大量ってことは、注射でニコチンを入れられたんかな。」
真理が言った。
「無論。注射をしたのはおそらく安藤内科の院長の安藤孝。あそこは小ちゃいし、医者は院長のみの病院。しかもそん時は人少ない正午の時間帯やったから院長が注射したはずや。」
と将樹。
「もし、院長じゃなくて、看護師さんやったとしても、注射の指示をしたんは院長やろうし、犯罪性が高いんは安藤孝やな。」
と真理。
「待って!もしかしたら、原本健は注射を受ける前に何かされて、注射を打ったら何かの反応が出て死んだって場合も考えられるんちゃうん!?」
としおり。聡太はうなずいた。
「可能性としては前者の方が高い。けど、池内の意見も考えられなくもないで。2通りの仮説が出てきたな。」
と聡太。
「じゃあさ、前者の方で考えたら、なんで安藤孝は原本健に大量ニコチン入りの注射を打ったんかな?」
真理が訊いた。すると、将樹は、
「決まってるやろ。原本健は警察官やん。安藤孝は最初から悪者で、自分を何かで疑っている警察官を殺そうとしたんちゃう?」
と断言した。…面白くないのはしおりだ。
「ちょっと待って!こんな説は?安藤孝は誰かに脅迫されて注射器に大量のニコチンを入れて注射した!」
バン、と机を叩いて立ち上がる。これではまるで国会議員だ。
「池内、落ち着け。お前の女王様を慕う気持ちは分かる。でも、今は相手が誰だろーと疑わなあかんねん。」
聡太が言った。荒れる議員は「何なん」と聡太を睨み、将樹にたしなめられて渋々座った。
「でも、仮説的に今のしおりの意見は間違ってないと思うで。」
と真理。聡太と将樹は「何?」と真理に注目する。
「みんな、最初の事件のこと、忘れてない?カフェテリア事件。」
「あっ」
真理以外の3人は忘れていたようだ。
「あん時、オーナーの塚本恭介はコーヒーに青酸カリを入れた容疑を否定していた。…塚本は脅迫されてコーヒーに青酸カリを入れたんとちゃう?だから、あのブログだって事件が起こるちょっと前から更新されてなかったやろ。あれは、脅迫されていて怯えていたからやと思う。鬱っぽくなる状態にまで。あと、あの意味あり発言の『俺は操り人形だ』っていうのも、脅迫されているような口述やと思う!今も同じやん。安藤孝は脅迫されて注射器に大量のニコチンを入れた。…そういうことも考えれるくない?」
3人は圧倒されて真理を見つめていた。将樹が口を開いた。
「でも、なんで2つの事件が関連してるん?」
真理は小さくうなずいた。
「初めからおかしいと思っててん。2つの事件が同じ東大阪市の石切で起こるなんて。しかも、内容やって、どっちも『薬』やねん。」
聡太は「あっ」と声をあげた。事件の共通点が、やっと見えた気がしたのである。
「ま、まだ分からんけど。」
慌てて真理が付け加える。あくまで仮説なのだ。
「でも、やっぱり真理説が1番正統派じゃない?この説、証明してみようや。」
しおりが言った。
「そうやな。じゃあ、安藤孝に近づくのは安藤舞花に近い池内と田原。塚本恭介に近づくのは俺。聡太議長はこの事件についてノートかなんかに書いといてほしい。」
将樹が流暢に言った。将樹が議長のようだ。聡太は、まとめ役を奪われてまた頬をたこ焼きにしていた。
「いきなり近づくんじゃなくて、徐々に距離を縮めて行くねん。じゃあ、今日は解散。」
聡太はそれだけ言ってノート類を片付けてしまった。
みゃんこもどこかへ走り去っていった。