裏切り者
「このクラスの担任をすることになった福島千佐子です。」
30代後半くらいの女性教師だ。目が厳しそうな性格を醸し出している。
「では、出席をとります。安藤舞花さん。」
「はい。」
「次、井ノ原…」
クラスメートの一人一人が呼ばれていく。この石切中学は、2校の小学校から生徒を集めているので、知らない生徒もいる。真理やしおり、そして如月亜希の石切東小学校と、石切小学校だ。
「如月 亜希さん。」
「はい。」
亜希の名前が呼ばれると、クラスは一瞬ざわついた。
「このクラスに如月さん、おったんや…!」
「やっぱりモデルみたい…」「すっごい事件を解決したんやろ。すごいやんなーー!」
あの事件があってから、亜希は有名人だ。みんなの視線が亜希に集まり、彼女は首をすくめた。
「静かに。次、北川加奈さん。」
「はい。」
(そういえば、このクラスに川口さんと仲良い子、見かけないわ…)
真理はそう思った。浅川小夏、藤本奈々絵、村田梨乃らのことである。残念なことに、小夏、梨乃はC組、奈々絵はD組なのだ。
「はい、1限目終わり。2限目は筆記用具と体育館シューズ持参で体育館に集合。いいね。」
担任教師に言われ、用意を終えたクラスメートたちが、思い思いのグループに入り込んでいく。真理としおりは、とりあえず2人になり、話をしながらクラスの動きを観察していた。
一番大きなグループは、安藤舞花という女子がリーダーならしい。10人くらいの生徒が集まって、大きな声ではしゃいでいる。舞花は、真理やしおりとは違う小学校出身だ。だから、舞花を取り巻く女子たちもそうなのだろう。
その次に大きなグループは、5人で固まっていた。舞花のグループよりは静かだ。5人のうち4人がショートカットで、運動ができそうな雰囲気を出している。
真理やしおりのように、2人で固まっている者もいた。だが、1人で本を読んだり、ボーッと机に肘をつき新しい教室を眺めている者もいて、クラスメートの様子を伺っている。なんと、その1人があの「如月亜希」だったのだ。
「如月さん、1人やな。」
しおりが言った。真理もうなずく。
「声、かけてみようや。さみしそうやし。」
しおりはそういうと、亜希のそばに駆け寄った。真理も慌ててついていく。亜希は、赤川次郎の「灰の中の悪魔」を読んでいた。面白そうに、1人でクスクス笑っている。
「如月さん、赤川次郎、好きなん?」
しおりが言った。亜希はサッと顔を上げた。長いサラサラの髪が優雅に揺れる。
「あ、うん!ミステリー小説、大好きやし。」
亜希は柔らかな笑顔で言った。真理には、亜希の笑顔がキラキラと輝いて見えた。
「そうなんや!あたしも好きやで、赤川次郎。…あ、名前言ってへんかったな。えっと、あたしが池内しおりで、こっちが田原真理。」
しおりはおしゃべりだ。反対に、真理は物静かな無口タイプなのだが、何故か2人は気が合う。
「よろしく!しおりちゃんと、真理ちゃん。あ、あたしは如月亜希やで。よろしくお願いです!」
亜希はちょっと恥ずかしそうにほんのりと頬を紅潮させ、微笑した。真理は、一気に亜希のことが好きになった。(恋愛対象ではない。)
(めっちゃいい子やん。仲良くなれたらいいのに。)
真理はそう思った。…と、その時、背中に鋭い光線を感じた。
「アイツ、早水先輩と一緒に行動したことあるんやって。」
「ええ!罪やんー!悪女!」
「アイドルを独り占めとかできると思ってんのかな?」
舞花のグループは、その話題で持ちきりだった。舞花の席の周りに、彼女の子分が集まる。側近の加奈や、情報源の結衣、話の「ネタ」係の沙弥…それぞれに係があるのだ。舞花はまるで女王。
おそらくは、目立つ、そして顔の可愛い亜希を僻んでいるだけなのだが…超人気な先輩、早水千都世のことを取り上げて愚痴を言っているのであろう。
「ちょっと、あの2人、如月亜希と仲良くなっちゃってる系か…」
「誰か忠告しようやぁ」「陽奈行ってぇやー」「えー、ほんなら涼ー」
少女らはふざけながらチラチラと亜希の様子を伺う。すると、1人の少女が手を挙げた。
「じゃ、私、行こっか?」
「おー!恵美!よく言った!」
舞花に背中を押された恵美は、固まっている真理と何も知らずに亜希とお喋りにひたっているしおりのところへどんどん進んで行った。それを、舞花たちのグループが見守る…そうではなかった。
「それでさー、如月、早水先輩の家ん中入ったらしいで!噂によると。」
「うっわー、きっもー!早水先輩ち汚れるーー!」
「きゃー」
舞花にとって、友達はただのロボット。自動でロボットが全てやってくれるから、こっちは何も見ていなくてもいいのだ。なんと薄情で心の汚い女だろう。
「ね、田原さんと池内さんやっけ?どこの部活入るん?教えてぇや!」
さりげなく声を掛ける。真理は、ドキリとした。安藤舞花らが、亜希から自分たちを引き剥がすために、声を掛けに来たのだ…と、もう舞花の策はお見通しだった。でも…
(もし、何か安藤さんのグループに逆らったら…)
真理は考えた。もし、この言葉を無視して、亜希とそのまま喋り続けたら…?亜希とはとても仲の良い友達になれるだろう。だが、舞花たちのグループから完全に嫌われて今度は自分がターゲットになるかもしれない。あるいは、しおりも巻き込むことになるかもしれない。
(しおりを巻き込む…それは絶対あかん。)
心の中でそう答えてから、真理はしおりを見た。しおりは、早速答えようとしている。やはり、クラスで1番華やかなグループに話しかけられて、嬉しいのだろう。
「あたし、バト部(バトミントン部の略)入んねん。」
しおりがすぐに答えた。真理のひたいには汗が滲んだ。真理は、文芸部に入りたいのだ。だが…
「きゃー!池内さん、私らと一緒やん!で、田原さんは!?」
恵美のクリクリした目に見つめられて、真理は作り笑いを浮かべた。
しおりもこっちを見ていた。その目は、「空気を読んで」と言いたげな目だ。
「あ…、あたしもバト部…。まぁ、兼部しようと思ってるけど…。」
真理はできるだけ笑顔を作ってそう言った。恵美の目がみるみる大きくなっていく。
「やったあ!田原さんもなんや!私たちと話合いそうやわ!な、今から、最近流行りの『オオカミゲーム』すんねんけど、一緒にやらへん?大人数の方が楽しいし!」
オオカミゲームとは、大勢の村人の中から、会議をして村人を装った人食いオオカミを探し、特別な能力を持った村人たちの力で村から追い出していく…という楽しいゲームだ。
恵美は、「そりゃするやんな」と言いたげな表情だ。また、しおりは、「そりゃするわ」…と。
「しおりちゃん、真理ちゃん、やろうや!」
いつの間にか、恵美の後ろに加奈や結衣、沙弥…舞花グループの女子たちがズラリと並んでいた。
真理はたじろいだ。だが、しおりは顔を赤く染めて「いいん?」と輪に入ろうとしている。
「真理、行こう!オオカミゲーム!」
「あ、うん、行く…!」
すると、恵美はもっと目を丸くして、「行こう!」と、真理の手を引っ張った。真理はされるがままに窓際の舞花の席へ行き、みんなに合わせて輪になった。
「さ、カード配って!」
舞花は、横にいた陽奈に『オオカミゲーム』のカードの束を渡した。陽奈は、手際よくカードを配っていく。
真理は、カードをそっと見た。そのカードは、「裏切り者」のカードだった…