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旧作  作者: hayashi
シーズン4 第1章「逃走」
98/114

サラとキリル / セイヤとリサの穏やかな休日

前回までのお話。

病院から逃げた少年工作員の捜査は後手にまわり、取り逃がしてしまった。

少年の逃走に、あの少女工作員が関わっていた。

「結局、捕まらなかったね」

 リサはあくびをかみ殺しながら、パソコンで報告書を書き上げ、プリントアウトし、報告書箱へ突っ込んだ。

 非常線が解除され、部屋に戻った特命チームだったが、報告書作成仕事が残っていた。


「じゃ、お先に失礼します」

 まだ報告書作成に四苦八苦しているジャン、『ゴリラその1』ことゴンザレ、『ゴリラその2』ことアザーレの3匹……いや3人を残し、セイヤとリサは、『メガネ』ことフィオ、『クール』ことグレドと共に部屋を出た。


「あの3人、頭の中身もゴリラ並みなのかもな」

 ドア越しにそうつぶやいたセイヤは大きく伸びをした。これから仮眠をとり、今夜こそ夫婦生活のテコ入れをしたいと考えていた。


「わっ、セイヤ、ちょっと感じ悪いよ」

 さすがにリサが注意した。


「そうか? 思ったことを正直に言っただけだけどな」

 しれっと応えるセイヤに対し、フィオがずれたメガネを直しながら声をかけてきた。

「セイヤ君、ひょっとしてストレスたまっている?」


「いや、たまっているのはストレスじゃなくて、せい……」

 途中まで言いかけてセイヤは口をつぐんだ。いかん、いかん、オレとしたことがジャン先輩の影響を受けまくって、危うく下品な言葉を使ってしまうところだった……


 なのにフィオは「せい?」とその先を言わせようとする。

 セイヤは仕方なく「生活疲れ……かな」と下品な言葉を回避し、上手くごまかした……つもりだった。


「……じゃ、今日は早く帰って寝たほうがいいよ」

 そう言うとフィオはチラっとリサを見やった。『生活疲れ』って、要するにリサさんとの生活に疲れているってことなのか? と思いながら。


 ちなみに今まで年下のセイヤたちにも丁寧語を使っていたフィオだったが、いつの間にか『ため口』になっていた。

 一方『クール』なグレドは相変わらず無口で、人を寄せ付けず、『オレに話しかけるなオーラ』を放ちながら、どんどん先に行ってしまい、セイヤたちから離れていった。


「そうか……生活に疲れていたんだ……」

 リサは低い声でつぶやくと、そのあと黙り込んでしまった。セイヤの言葉にひっかかりを覚えたのだ。そう、普通は『疲れがたまる』というけれど、あえて『生活疲れ』とセイヤは言ったのだ。しかも『仕事疲れ』ではなく『生活疲れ』だと……


 その間に、フィオも「じゃ、お先」と行ってしまった。


 それを待っていたかのようにリサはセイヤにある提案をしてきた。

「ねえ、私たち、別々に寝たほうがいいかもね。一緒のベッドだと体を思いっきり伸ばせないし、眠りが妨げられるよね……」


「え?」

 セイヤにとっては、その提案は青天の霹靂だった。


「疲れを取るには良い質の睡眠が大事だって、この間、セイヤも言っていたでしょ。だから、私はフトン敷いて、セイヤとは別に寝ることにするよ」

「ええ?」

「とにかくセイヤ、今夜はゆっくり眠って疲れをとってね」

「いや、だって今夜はその……」


「その代わり、もう人前で『生活疲れしている』なんて言わないでね。何か私が原因みたいじゃない。というか私が原因?」

 リサの目がセイヤをにらみつけていた。


「ち、違う……」

 セイヤは慌てて否定した。


「ま、とにかく早く帰って、安眠しましょう」

 そう言って、リサはトットと先に歩き出してしまった。心なしか、ちょっと不機嫌になっているような……セイヤも慌ててリサの後を追った。今夜はがんばるつもりだったのに……そんな雰囲気になりそうもなく……思わず額に手をやった。これも、もとはと言えば『ゴリラ』のせいだ。


 というわけで帰宅後、セイヤはベッドのサイドテーブル上に置いてある『ゴリラ3兄弟』のニヤついた表情が許せなくなり、リサがシャワーを浴びている間『ゴリラ3兄弟』をボコボコに叩き、踏んづけ、大いに八つ当たりをした。もちろんリサが来るまでには『ゴリラ3兄弟』をきちんと戻しておいたけど。


   ・・・・・・・・・・


 西地区『シベリカ人街』の一角にある古びた食堂の地下室。

 ――協力者の紹介で、病院から逃走した少年キリルと、それを助けた少女サラはここに身を寄せていた。


 昼時、肉を焼く香ばしい匂いが、ひんやりとした地下室にも漂ってきた。窓もなく昼間から蛍光灯に照らされた地下室は、ペンキが剥がれかかった壁に囲まれ、机代わりの木箱と2つベッドがあるだけの殺風景な部屋だった。


「サラ、これから何をするつもりだ?」

 シベリカの少年工作員キリルが傍らのベッドで寝そべっている少女に話しかけた。サラと呼ばれた少女はすでに目覚め、天井をぼんやりと見つめていた。

「オレの質問に答えろよ」


 なおも絡んでくるキリルを一瞥し、ようやくサラは口を開いた。いつもの抑揚のない声が吐かれる。

「……これからやることは工作員としての任務ではない。本国からは工作中止命令が出ているし、もう工作員として十分働いたと思う。あなたは好きに生きていい」


「だから、サラに協力すると言っているだろう」

「なぜ? あなたには関係のないこと」

「助けてくれた借りを返すよ……」

「気にすることない。私も借りを返しただけ。これで貸し借りなしだ」


 借りがあるといえば……サラは、サギーのことが頭に浮かんだ。

 ……いえ、本当はあの女の人は『サギー』という名前ではない。トウアの国籍をとった時に改名してしまったらしい……


 8年前のあの時、妹は救えなかったけど、サギーはいろいろなことを教えてくれた。

 けれど、サギーはまだ意識不明の状態で、キリルと一緒に助け出すのは難しかった。


 そう、病院から出てきたサギーを撃ったのは、サラだった。サギーはシベリカの工作についていろいろ知りすぎている。だから口封じするよう上のほうから命令されていた。

 それに、もともとサギーは死に場所を求めていた気がする……あのまま生かしておけば、治安部隊の厳しい追及が待っていただろう。いずれ自白剤も使われ、長い地獄を味わうことになる。サギーの命を奪うことこそ、借りを返すことになるとも思っていた。


 けど、本当にそれでいいのか……その迷いが、サラの手を僅かに狂わせた。

 おかげでサギーを即死させられなかった。


 病院の前でのことであり、処置も早く、緊急手術でサギーは助かってしまった。

 ただ、サギーは今も意識が戻らず、ずっと眠りについたままだ……目覚めたくないのかもしれない。ならばラクに死なせてあげるべきだったかもしれない……


「え? サラがいつオレに借りを作った?」

 キリルの声でサラは我に返った。

「……覚えてないなら、それでいい」

 話はここで終わりとばかりにサラは寝返りを打ち、キリルに背中を向けた。


「突然、自由にしていいって言われても困るよな。ほかに何かやりたいことがあるわけじゃないし……シベリカに帰りたいかっていうと、別にそうでもないし……オレの帰りを待ってくれる人間なんていないからな」

 サラに向けていた視線を天井に移し、キリルはぼやいた。


 ……そう、あの時、サラと別れてトウア国を出て、自由を得たとしても、おそらく自分は投げやりな生き方しかできないだろう。今まで、ただ命令されるままに動く生き方しかしてこなかったのだ。何かに執着したり、こだわるということもなく……自分の命でさえ、別にどうでもよかった。楽に死ねれば儲けものくらいにしか思っていない。


 サラは相変わらず何の反応も示さず、キリルに背を向けたままだった。

 そんなサラを尻目にキリルはただただ昼食を待ちわびていた。とりあえず腹を満たしたい。自分が持つ欲は食欲くらいしかない。あとは……ごく普通の男としての性欲か。


   ・・・・・・・・・


 シジョウ家では「より良い安眠を」というリサの提案により、二人で一緒のベッドに寝ることはやめにし……ベッドはセイヤが使い、リサはその傍らでフトンを敷いて寝ることになった。セイヤはベッドでもフトンでもどちらでも良かったが、リサは実はフトン派だというので、そうした。

 となると『ゴリラ3兄弟』のニヤついたぬいぐるみが、セイヤにとってはもう目障りこの上なく、とっととソファを買って、そっちに『ゴリラ3兄弟』を引越しさせたかった。「さっさと寝室から出ていけ」な心境だ。


 そんなわけで久しぶりの休日となった今日、ついにソファとテーブルを買いに行くことになった。中央都市ビル内にあった例の百貨店はつぶれてしまったが、新たに家具専門店が入っていた。


 リサは例によってあまり似合っていない深紅の口紅をつけていた。いや、似合っていないというのは、あくまでもセイヤの主観であるのだが……ま、それはそれとして、久々に繁華街へのお出かけなので、いろいろ楽しみたいところである。


 繁華街へ入ったところ、募金の呼びかけにセイヤとリサはふと足を止めてしまった。子どもが心臓の病気で、もう移植を受けるしか助かる道がなく、海外での心臓移植を希望しているという。そのため莫大な費用がかかるので、どうか助けてください、と訴えていた。道行く人の何人かが募金に応じる。涙を浮かべている母親らしき人物が5歳くらいの子どもの写真を胸に掲げ、頭を下げていた。


「トウア国では、子どものドナーがなかなかいないからね……」


「脳死になっても、子どもの場合、臓器提供は難しいよな……親にしてみれば、脳死をどう捉えるかで違ってくるし、厳しい選択になる……」


「けど、子どもも大人も脳死になったらドナーになることが法で決まっている国もあるよね、どこだっけ?」


「ゴルディアだな。あそこは合理主義バリバリの冷徹なお国柄だからな」


「あ、ルイが言っていたけど、たしかサハーさんが移住しちゃった国よね」


「ユーア国なんて、公の健康保険制度がないから医療費が払えない貧しい人たちが適切な医療が受けられず、事故にあっても放置されて脳死になる場合もけっこうあるようだしな。それにドナーになれば金がもらえるそうだ。貧しい人にとっちゃ金も欲しいだろうし……倫理上、問題があるけど。あそこは、そういったことをあまり規制しない自由の国だよな」


「それって臓器売買じゃない……」

 リサがため息をつきながらも、話を続けた。

「そういえばこの間、臓器売買について取材したアントンの記事が週刊誌に載っていたよね」


「シベリカでは人身売買する組織があちこちにあって、それが臓器売買につながっているっていう記事のことか」


 しがないライターだったアントン・ダラーはルイと手を組み、そのルイの支援もあって、あちこち海外で取材することも増えていた。今現在、内乱状態にあるシベリカ国に入るのは難しいが、アリア国やその周辺の国で逃げてきたシベリカ人を取材したところ、そういう話が出てきたらしい。

 シベリカ中央政府は人身売買や臓器売買を法で禁じているものの、そういったことに手を染めるマフィアを野放しにしており、取り締まりも緩かった。マフィアと中央政府の高官がつながっているのでは、という疑惑もあるという。しかも今現在シベリカ中央政府は地方独立運動を抑えることに必死で、それどころじゃないだろう。


 そんな中、シベリカの属国だったアリアの国民はクーデターを起こし、シベリカ寄りだった大統領を更迭し、新しい大統領を誕生させ、シベリカからの支配脱却を試みているところだった。

 シベリカ国内ではあちこちの地方都市が独立運動を活発化させているので、シベリカ政府はアリア国だけに関わるわけにいかなかった。その間にアリア国は事を進め、シベリカ国からの完全独立を目指している。内情がもう少し落ち着いたら、ルイはアリア国へ訪れる予定だという。


「あのお母さん、どこの国での移植を希望しているんだろう……」

 リサはいくばくかのお金を募金箱に入れに行った。母親がリサに何度も頭を下げていた。


 その後、お手頃なソファとテーブルを買ったセイヤとリサは、ちょっとしたレストランでランチを楽しみ、ショッピングもそこそこに帰途についた。基本的にリサは節約家であり、セイヤもこれといって物欲がないので、二人はあまりモノを買わない。


 お誕生日の時もセイヤは「欲しいものは特にないからプレゼントはいらない。それより美味しいもの食べたい」と言うので、そういった記念日はちょっとだけ贅沢な食事をすることにしている。

「セイヤって欲しいもの、ないの?」

 交差点で信号待ちしている時、何となしにリサは訊いた。

 その問いに「そりゃあるけど」とセイヤから意外な答えが返ってきた。


「え、何が欲しいの?」

「……子ども……」

「そうくるか~」

 リサは苦笑した。それはさすがに『プレゼント』というわけにはいかない。仕事を続けるなら、子どもは産むタイミングを考えないとならないし、今のこれだけ治安が悪化したトウア社会の中では安心して子どもを育てられない。


 信号が変わり、横断歩道を渡りながら、セイヤはつぶやいた。

「オレが欲しいのは家族との平穏な暮らしだな。今だってそこそこ便利に過ごせるし、それ以外に欲しいものは特にない。この暮らしが保たれれば、それでいい」

「まあね、あとはずっと健康でいられて、美味しい食事ができれば幸せだね」

 リサは同調しつつも、こう続けた。

「でもさ、いつか旅行に行きたいな。できれば海外。ま、国内でのんびりするのもいいけど」

「そうだな」


 そういえば結婚式も新婚旅行もなしだったしな……セイヤは今までのことを振り返る。

 新婚生活はゼロからのスタートだったけど、リサと力を合わせて家具や家電製品を少しずつ買い揃えていき、まあまあ快適で便利な生活ができるようになった。今は貯金もそこそこあるし、せっかく経済的に余裕ができてきたんだから、リサとあちこち旅行してみるのもいいかもしれない、という気持ちが芽生えてきた。……でも、時間的余裕がないか……


「そんなことができるのはいつの日になることやら……」

「ん?」

「いや、いずれ……歳とったら、もうちょっと長い休みがとれる部署に異動願い出そう。そしたら、いろんなとこ行ってみよう」

 歳をとれば、特命チームでの体を張った任務もできなくなる。今、これだけがんばっているのだから、将来、もうちょいラクしてもバチは当たらないだろう。


「あ、ちょっとそこ寄ってみない?」 

 リサがセイヤの腕を引っ張る。横断歩道を渡った目の前にちょうど旅行代理店があった。

「今すぐ行くわけじゃないけどさ、行きたいところを優先順位つけてピックアップするだけでも楽しいじゃない。パンフレットもらっていこうよ」

「ああ、そうだな」

 子どもも欲しいけど、もうちょっとリサと二人きりの生活を楽しむのも悪くない。


 もう街は黄昏色に染まっていた。

 淡い夕刻の残照を浴びながら我が家に帰り――シャワーを浴びてスッキリした後は、百貨店で買ったちょっと高級な寿司弁当に舌鼓を打ち、ビール片手に旅行パンフレットを眺めて過ごした。


 ……ちなみにその夜は『夫婦生活のテコ入れ』も上手くいき……ちょっと贅沢に、のんびり穏やかな休日を満喫した二人であった。もちろん、ベッドのサイドテーブルの上にある『ゴリラ3兄弟』は伏せて置いていたのは言うまでもない。


挿絵(By みてみん)

この話のために描いたものではないので、季節が違いますが、休日の楽しいイメージということで、載せておきます。(この頃、挿絵が少なくなってしまったので)

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