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旧作  作者: hayashi
シーズン4 プロローグ
96/114

売られる子ども

シーズン4です。

 ――母さんはどこ行ったんだろう――


 気がついた時、私は妹と一緒にトラックの幌付きの荷台に乗せられていた。そこには見知らぬ子どもたちもいた。私と妹を入れて、全部で6人だ。皆、泣き疲れて感情を吐き出してしまったのか、呆然とした表情をしていた。

 

 夕方、母さんと妹と一緒に村の市場に出かけたのだけど、なぜか寂れた場所にある水車小屋に連れて行かれ……用事があるから妹とそこで待っているように言われた。

 母さんが行ってしまった後、知らない男たちが来た。そいつらが私たちを無理やりトラックに乗せようとしたので、抵抗したら殴られて……そのまま気を失ってしまった……


 幌の隙間から外を伺うとトラックは舗装されていない夜道をひたすら走っていた。時たま、車体が大きく揺れて、荷台の中で転がりそうになった。


 ――トラックが突き進む暗闇の道が、私と妹の未来を物語っているようだ。心細くなって私は妹を抱いた。妹も私を抱こうとしてくれた。


 真っ暗な草原地帯に、たまに小さな灯りが寄せ合うようにして並んでいるのが見えた。集落があるのだろう。家々の窓から遠慮気に漏れるランプの光――この村にもまだ電気は来ていない。私の村と同じだ。


 村では、その日その日を生きていくだけで精一杯の貧しい暮らしだった。

 あまりの貧しさに、中には子どもを売る大人もいたくらい……


 ……そうか……

 ……私と妹は売られたのか……


 うちには兄さん2人と弟3人がいた。父さんは「女はいらない」とよく言っていた。

 母さんは何も言わなかった。口を開けば、「女は黙れ」と父さんに殴られるからだ。


 今でもたまに、母さんの疲れ切った無表情な顔を思い出す。そういえば母さんの笑った顔なんて見たことがない……

 最後に見た母さんの顔は……何の感情も浮かんでいなかった。私たちを見ているようで見ていない。穴が空いたような目をしていた。そこに、すでに心はなかった気がする。何かを感じるエネルギーも残っていない。それほど疲弊していたんだ。


 どのくらい走ったのか……草原地帯を抜けたトラックは、灯りが密集する街に着いた。その眩い光に驚いた。電気が通っていて幾分か豊かな街のようだった。

 私たちは、コンクリートの高い塀で囲まれた工場のようなところで降ろされた。

 その時、私はふと夜空を見上げた。夜の街の灯りが、星を霞ませることを初めて知った。


 それからは、私たち6人はその工場のようなところの地下室で一緒に暮らすようになった。

 意外なことに、そこの生活は悪くなかった。地下室には何でもそろっていた。シャワー室、水洗トイレ、フカフカのベッドに冷蔵庫。


 自分の村の生活より豊かで、お腹を空かせるようなこともなかった。食事はきちんと与えられ、シャワーも毎日浴びることができる……恵まれた暮らしをさせてもらえていた。

 何と言っても私には妹もいたので、さほど寂しさも感じず、父さんに殴られる心配もなく、幸せに思ったくらいだ。


 テレビと、録画再生することができるという機械もあった。初めてテレビを見た時は感動した。ワクワクした。村の生活では味わったことがない気持ちだった。

 でも今、振り返ってみると――見ることができた番組は録画されたものばかりだった気がする。ニュース番組というものは見たことがなかった。

 売られたからには、奴隷のように働かされると覚悟していたけど、そのようなこともなく、わりと自由に過ごすことができた。部屋の外に出ること以外は。


 部屋の外に出される時は身体検査の時だけだった。トラックに積まれたコンテナのようなところに入れられて、移動し、どこか遠くの施設まで連れられた。

 その施設では、白い服を着た人の言うことに従い、変な機械みたいなところに入ったり、血や尿を採られたりした。


 そのうち――幸せに感じていたはずのその生活も辛くなってきた。閉じ込められている部屋は窓もない無味乾燥な地下室。広さはあるけれど妙な圧迫感があった。今思えば、防音がされていたかもしれない。

 部屋のドアが開くのは食事が運ばれる時、着替えや雑貨の補充、掃除の時、そして身体検査の時だった。


 身体検査の時だけ、部屋の外に出られる……このチャンスを狙った。どうしても外を自由に歩いてみたかった。外の景色をもっと見たかった。街を知りたかった。好奇心が抑えられなかった。

 私たちはずっとおとなしく言うことに従っていたので、監視係もつい油断していたのかもしれない――私は監視の目を盗み、勝手に建物の外に飛び出した。


 久しぶりに吸う外の空気。気持ちいい……開放感を味わった。

 周りは高い塀がどこまでも続いていたが、一本の高い木を見つけた。その木を登り、建物の屋根へ移動し、そこから飛んで、その高い塀へしがみついた。


 すると下から怒鳴り声が聞こえてきた。監視係だ。すぐ下りるようにと恐ろしい剣幕だった。いつも優しかっただけにそのギャップに驚いた。


 ……捕まったら何されるか分からない……


 私は必死で高い塀を乗り越え、飛び降りた。かなり高さがあったけど、その下は幌屋根が並ぶ露店だったので、下りた衝撃は幌で緩和され、怪我することなく無事に着地できた。店はメチャクチャになり露天商が怒っていたが、とにかく逃げた。

 逃げながら、これからどうしようと考えた。


 妹を置いてきてしまった……でも、あそこに戻るのは憚れた。怒られるのはもちろん嫌だったが、何だかそれだけではすまない気がした。それほどあの監視係の様子は尋常ではなかった。


 街にはいろんなお店が並んでいた。けれど、眺める余裕などなく、どこか隠れる場所がないかと、とにかく走った。

 バス停の休憩所のようなところがあったので、そこに身を潜め、まずは体を休めた。そして改めて、自分たちがいたところについて振り返ってみた。


 ――だいたい、なぜ私たちはあんなところに閉じ込められていたんだろう。働かされるわけでもなく、清潔な暮らしと食事がただ与えられ、病気にならないよう健康をチェックされていた。厚遇と言っていい扱い。でも決して外には出してくれない。

 考えてみれば、おかしい……私たちは買われてきたのに。


 買った人のメリットは何?

 よく分からないけど、今になって、とてもイヤな予感がした。

 でも、どうしたらいいんだろう……私は、いつも首にかけていた『お守り』を握りしめた。


 その時、私が潜んでいた休憩所に女の人が入ってきた。どことなく寂しそうな感じを漂わせていた。

 けど、ある種の勘が働いた。なぜだか分からないけど、その人が、自分と同じ空気をまとっている仲間のように感じたのかもしれない。


 私は立ち上がり、女の人に声をかけた。女の人は最初は怪訝そうな顔をしたものの、私は「相談にのってほしい」と、かまわず続けた。

 ……親に売られ、トラックに乗せられて複数の子どもたちと一緒に地下室のようなところに閉じ込められたけど、わりといい生活をさせてもらえること、健康診断のようなものを受けさせられたことなどを話した。


 そこまで聞いた女の人は厳しい顔つきになり、私を連れて警察署というところに行った。


 警察署は大きく立派な建物だったけど、そこの警察官はイスにふんぞり返り、面倒くさそうに女の人の話を聞いていた。

 女の人は「子どもの臓器売買が疑われる。すぐに動いてほしい」と訴えていた。


 ……臓器売買?……


 警察官はまだノロノロとしていた。重い腰をあげ、仲間の警察官を呼び、子どもたちが閉じ込められている場所を案内するように言った。

 私はこの街を出歩くのは初めてだったので、地理がよく分からなかったものの、何とか案内できた。警察官たちはおしゃべりしながら、ダラダラ歩きながら、私の後をついていった。女の人も一緒についてきた。


 やがて、私たちが閉じ込められていた工場までたどり着いた。

 でも工場には誰もいなかった。地下室ももぬけの殻だった。妹たちが消えていた。

「もう検査に連れて行かれたのかもしれない」「今日も健康診断に行く予定だった」と説明したけど、警察官は「誰もいないじゃないか」とモンクを言っていた。

 女の人はこの建物をきちんと調べるように進言したけど、警察官は「令状がないと勝手には調べられない」「事件があったという証拠がなければ令状は下りない」と言い、私と女の人をそのまま置いて、出て行ってしまった。


 女の人は1階にある事務室のような部屋に立ち寄り、散乱した書類のいくつかに目を通していた。そのうち、何かメモのようなものを見つけてきた。「トウアより、3歳3名、4歳2名、7歳1名、心臓」と書かれているという。


 残された書類は乱雑に散らばり、棚の中や机の引き出しの中はスカスカだった。女の人は、さらにいくつかのメモの切れ端を拾い、私にこう言った。

「どうやら、ここにいた子どもの心臓をトウア人に移植する予定のようね。どこの病院かは知らないけど」


 私はまだよく意味が分からなかった。心臓? 移植?


 呆然としている私に女の人は冷たい声で囁いた。

「トウア人は金にモノを言わせて、貧しいシベリカ人の子どもの心臓を買いにきたってこと」

「心臓を買う?」

「あなた以外の、ここにいた子どもたちは心臓を取り出されて、トウア人のために死ぬってことよ」

「え……」

「金持ちのトウアの子どもは助かり、貧しいシベリカの子どもは殺されるの」

「……」

 声が出なかった。


 すると女の人は哀しげな目をした。

「私の大切な人もトウアで死んだ……見殺しにされた」

「トウア……」


「私は休みをもらって、そのトウアから一時帰国したの。今までは準備期間のようなものだったけど……これから本格的な活動に入ることになる。もう二度と故郷には戻ってこれないかもしれない……だから大切な人のお墓参りに来たの……って、こんなこと、あなたに話しても仕方ないわよね」

 女の人は薄く笑った。


 彼女の村はバスに乗った先にあり、乗り換えて、次のバスを待とうと休憩所に入ったところを、私に声をかけられたという。

「あなたとは縁がありそう……何となくそう思ったの。そしたらやっぱりトウア絡みだったわね」

 そう言うと、女の人は持っていたメモの切れ端を私に渡した。

「おそらく、もうトウア人の患者が来ているのでしょう。ここにいた子どもは心臓を取り出され、トウア人の子どもに移植されるんだと思うわ。今、そこいらの書類をいろいろ見てみたけど、手術日の詳しい日時や病院の場所までは分からなかった。そういう重要なことが書いてある書類やメモは処分して逃げたんでしょうね。けど警察は見ての通り、動いてくれない。残念だけど助ける手立てはないわ」


「……妹が……」

 私はお守りをまた握りしめていた。


「……ここに妹さんがいたの?」

「……はい……」


「そう……残念ね……」

 女の人は気の毒そうに私の顔を見やったが、すぐに厳しい表情になった。

「……それじゃ、私は行くわね。お墓参りを終えたら、すぐにトウアへ向かわなければならないの……あなたは役所に行きなさい。あとは大人たちが面倒を見てくれるわ」


 私はまだ信じられなかった。妹が殺される? 生きながらに心臓を取り出される? それを金持ちのトウア人が買う?


「トウアに行って、何をするの?」

 思わず女の人に訊いていた。


 振り返った女の人は冷たい笑みを浮かべていた。

「もちろん、つぶすのよ。つぶすための活動をするの」


「……どうやって?……」

 私の質問に、一瞬、女の人は言葉を飲み込んだものの、こう答えてくれた。

「もし興味を持ったのなら役所で聞いてみるといいわ。子どもは大歓迎よ。何しろ敵は油断してくれるからね。それに子どもは伸びしろがある……素質があると見込まれれば、、訓練所を紹介してくれるわ。試験に通れば、そこでいろいろと教えてくれるでしょう……」


 女の人は私を見つめた後、踵を返した。

 その後もしばらく、私は呆然として、その場に突っ立っていた。女の人はとっくに行ってしまった。


 ……訓練所……


   ・・・・・・・・・・


 5年後……私は工作員となり、トウア国でその女の人と再会していた。女の人は『サギー』という名前になっていた。


 そして8年後の現在、女の人は意識不明で、今もなお病院のベッドの上で眠っている。

 『お守り』もすっかり色あせ、布がほつれ、ボロボロになっていた。でも中に入ってる美しい石は昔のままだ……


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