罪人の手
まだ春と呼ぶには遠い季節。
セイヤとリサの久々の休日がやってきた。ここ最近はトウア国も落ち着きを取り戻し、最悪だった頃に較べれば治安もだいぶ回復してきた。
お昼までぐっすり眠った二人は目覚めた後もゴロゴロとしていて、ベッドとお友達状態であった。しかしリサはどうしても行きたいところがあった。
「……私、ちょっと出かけるね。セイヤは疲れているだろうから寝てていいよ」
リサは「えいっ」とばかりに起き上がった。布団との別れは名残惜しかったが、また夜になれば再会できるのだ。
「オレも行くよ。多少、治安は回復したけど、女の一人歩きはまだまだ危険だろ」
そう言うとセイヤも体を起こした。
「……そこいらの女と一緒にしないでくれる? 私は軍の特殊訓練も受けている治安部隊特命チームの一員なんだから……」
「でも銃が携帯できるわけじゃないし、やっぱり危険だ」
リサにはもれなくセイヤがついてくる……というわけで、どんなに疲れていてもセイヤの束縛力は健在のようである。
そう、セイヤは特命チームに配属された時から、ルッカー治安局長に「任務の際は、常にリサと組ませてほしい」と、リサと自分が離れないで任務につけるようお願いをしていた。それだけは譲れない条件だった。特命チームのリーダーである『ゴリラその1』にも、ルッカー治安局長からそのように取り計らうように話が行っていたのだろう。だから今までの任務も常にリサと組めていたのだ。
でも、そういったセイヤの束縛は全く気にならないリサであった。リサだってセイヤのことが心配なので、常に自分の傍にいてくれたほうが安心だった。
そんな二人は、リサの兄が亡くなった銀行跡地……今現在『金属加工センター』が所有している倉庫跡にやってきた。ここは再び事件の現場となり、地雷や手榴弾が使われ、特戦部隊の隊員が亡くなったことで、倉庫は取り壊され、更地になっていた。爆破事件に巻き込まれた周囲の建造物も取り壊しや修復工事が行われている。
リサは持ってきた花束を、荒涼感漂うその更地の片隅に置いた。そして兄に事件の報告をする。
何といっても一番大きかったのは、兄を殺した犯人を捕まえたことだ。『金属加工センター倉庫』で特戦部隊の隊員を殺害した少女は逃がしてしまったが、残りの少年のほうは捕らえたことも報告した。それからサギーを捕らえたことも……でも、そのサギーは依然として意識不明が続いている。
「目を覚ますのがイヤなのかな……死に場所を求めていたんだもんね」
「ん?」
リサの独り言に、セイヤは首をかしげた。
「ううん、何でもない」
日が暮れて、だいぶ寒くなってきた。
「行こうか」
二人は家路に着く。
夜が訪れた空の下で、街が燈り始めた。家々の窓からこぼれるささやかな灯りはホッとさせてくれる。
「トウアもこれで少しは平和になるかなあ」
「ああ」
「シベリカは今内乱状態だから、当分、トウアには手が出せないよね」
「……」
セイヤの相槌がなくなったので、リサはふとセイヤに目をやった。
セイヤは立ち止まり、なぜか自分の手を見つめていた。
「どうしたの?」
「いや……」
言いよどんでいると、リサがいきなりセイヤの手をとった。
「私、この手、好きだよ」
「……」
「何度もこの手に助けられたっけ」
そう、死に場所を求めて彷徨い、無茶を仕出かすリサをつかみ、引っ張り上げてくれたのが、この手だった。
「……でも……」
リサに手をとられたままのセイヤの顔は暗かった。
「うん?」
「この手はもう……たくさんの人の血で染まっている……」
セイヤはボソっとつぶやいた。そこに冷たい風が吹き抜ける。
「だから何?」
突然のリサの鋭い声。思わずセイヤはたじろぐ。
「え?」
「あなただけを悪者にするつもりないよ」
「……」
「私の手も血に染まっている。国会議事堂で何人も殺している」
……一緒に罪人になろう……リサはセイヤの手を握った。
「どんなに血に染まろうが、私はこの手が一番好きだからね」
「……」
黙ったままセイヤはリサの手を力強く握り返した。
寒さが支配する風の中で――その手はとても温かかった。