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旧作  作者: hayashi
シーズン3 第6章「真相」
88/114

判明

 国会襲撃事件から一夜明けた。


 リサとセイヤは長い長い事情聴取を終えた後、一時帰宅が許された。とりあえずシャワーを浴び、食事もせずに意識を失うようにベッドに倒れ込み、眠りこけた。あまりにいろんなことがありすぎ、頭がパンク状態でフリーズしてしまったかのように。


 それでも3時間ほどでリサは目覚めてしまった。やはりサギーのことが真っ先に頭に思い浮かんだ。

 国会が襲撃され、警護部隊隊員らや護衛官はもちろん、議員も多数殺された。今国会で審議されるはずだった法案が吹っ飛んでしまい、注目されていた『自白剤使用条件のハードルを下げる法案』も可決は見送りとなった。被疑者への自白剤使用は、ずっと先になるだろう……だが、いずれ使用条件がゆるくなる。これだけの事件を起したのだから、今の法の下でも手続きを踏めば、サギーには自白剤が適用されるはずだ。


 ……もっと辛い思いをさせてやることができるかもしれない……


 それだけでもリサの心は少し救われた。

 償いは求めてない。償いようがないからだ。ただ報いを受けてほしい、苦しんでほしい、地獄を味わってほしい。それしかなかった。

 でも……サギーとはもっと話してみたい気がした。


「そういえば……」

 リサは、あの時のことをふと振り返る。サギーを逮捕し、国会議事堂から連れて出てくる間ずっと……サギーが手錠をかけられた右手で左手の薬指辺りを撫でていたのが気になった。サギーは防護手袋をしていたけど……怪我でもしているのか、と思った。でも、なぜかサギーはとても優しげな表情をしていた。今まで見たことがないサギーの姿だった。

 それなのにサギーはこうも言っていた。自分は死に場所を求めていたのかもしれないと。そして同じ空気を昔のリサに感じていた、と。


 ――死に場所……セイヤと結婚する前の私もそうだった?――

 リサはふと隣で寝ているセイヤに目を向けた。


 ――そうか……そうだったかもしれない。兄さんが亡くなってから、罪悪感だけが私の心を支配していた。兄さんは私をかばおうとして殺された。だから自分だけ幸せになることを罪悪だとも思っていたかもしれない。


 ――でも今は違う……何と言っても、セイヤには大きな借りがあるから、一生かけて返していかなきゃね――


 カーテンからやわらかい陽光がこぼれ出ていた。やさしい光がほんのりとリサとセイヤを包む。

「よし、起きるか……セイヤはお疲れだろうから、もう少し寝かせておいてあげるかな」

 リサは大きく伸びをした。また数時間後には出勤しないといけない。治安部隊の仕事はどの部署も山積みだった。

 

   ・・・・・・・・・・


 出勤してから間もなく、サギーが撃たれたという知らせを聞き、セイヤとリサは複雑な気持ちになった。


 サギーには常に2人の警察捜査隊員が付いていたはずだ。その2人の警察捜査隊員の間にいたサギーを狙撃した犯人の腕は相当のものである。

 もちろん警察捜査隊はすぐに動いたが、犯人は見つからなかった。非常線を張るものの、警察捜査隊はじめ治安部隊各部署は多発しているほかの犯罪事件にも対処しなくてはならず、もう一杯一杯で手がまわらなかった。


 サギーのほうはすぐに緊急手術となり、一命を取りとめたものの意識不明が続いていて、入院が長引きそうだという。サギーの部屋にはもちろん監視と警護がつき、病院周辺もパトロール隊が巡回することとなった。


 事件解明のためには、一刻でも早くサギーの意識が戻り、事情聴取に応じてくれることを願うが、もしそのまま亡くなっても、それはそれで当然の報いを受けた、とセイヤは思っていた。だがリサは「死に場所を求めていた」と言っていたサギーに『安らかな死』を与えたくなかった。


 そのサギーのことではファン隊長も驚いていた。まさか過去の愛人が国会を襲撃したテロリストだったとは……

「もしかしてお前は以前から、サギーがシベリカ工作員だと知っていたのか? 私がサギーを愛人にしていたことをネタに取引を持ちかけてきたその時にはもう……」

 ファンはわざわざ特命チーム専用室へ訪ね、セイヤを呼び出し問い詰めた。


「いえ、サギーが工作員である確固たる証拠はありませんでしたので……」

 セイヤはしれっと答えた。

「でも、隊長がサギーと付き合っていたことはルッカー治安局長にはもちろん誰にも漏らしていません。リサもジャン先輩も漏らすことはしないでしょう。このことは3人の間で機密扱いにしてます。だからご安心ください」

「……」

「仮に漏らしたところで誰も得しません。隊長がハニートラップにひっかかっていたことが治安部隊中に知られ、特戦部隊がガタガタになるのを喜ぶのは敵だけです。私の本意ではありません。むしろ避けたい事態です」


「……そうか……お前はそういう考え方をする男なんだな」

 ファンは何かを見定めるように目を細め、ニヤリと笑った。

「お前には参った。ルッカー治安局長のお眼鏡に適うのも当然か。これからのトウアにはお前のような男が必要なのかもな」

 そう言うとファンは片手を上げ、踵を返した。



 その後――捜査により、犯人らのことが少しずつ判明していった。


 国会襲撃事件での『左口元に傷跡がある男』は、やはりあの銀行強盗事件でリサの兄を殺害した犯人だった。

 リサの兄の爪に、当時格闘した際に引っ掻いたのだろう犯人の皮膚片が残っており、それが保存されていたのだが――その皮膚片と今回の男のDNAが一致したのだ。

 そして驚くべく事に『トウア水力発電所立てこもり事件』で主犯とされていた被疑者と、兄弟関係にある可能性が高いことが分かった。

『発電所立てこもり犯』のほうは、以前に拘置所で自殺してしまっていたが、こちらもDNAが採取され保存されていた。

 シベリカ工作員が関わっていると疑われる今まで起きた事件を総ざらいし、被疑者たちのDNAを照らし合わせたことで、このことが明るみに出たのだった。


 だからあの時――発電所立てこもり事件の主犯リーダーを、兄を殺した銀行強盗犯だとリサは思い込んでしまったのだろう。兄弟だから似ているのは当然だ。そしてセイヤも『左口元に傷がある男』をどこかで見たことがあると思っていたが、これで合点がいった。


 このことで『発電所立てこもり事件』もシベリカ工作員が絡んでいた可能性が極めて高くなったとされ、マスメディアも大騒ぎしていた。


 しかし『左口元に傷がある男』はずっと黙秘を貫いていた。

 男は24時間徹底監視された。いずれ自白剤使用対象となるだろう。これから長い長い報いを受けるのだ。しかも、この男の両手には障害が残った。リサに銃で粉砕されたからだ。


 これについてリサは当然の罰だと思っていた。それでも男のことは決して許さないし、ずっと憎しみ続けるだろう。「それは間違っている、憎しみは不幸を産むだけで、心に平安は訪れない」などとしたり顔で言ってほしくはなかった。リサは自らの手で男に罰を与えられたことが、せめてもの慰めになった。


 そんなリサは、男の事情聴取をさせてほしいとルッカーに申し出たが、許可が下りなかった。特命チームの仕事ではなかったからだ。その代わり、男が聴取されるところを何度か立ち会わせてもらった。しかし、銀行強盗事件のことについても男は黙秘した。リサはただただ男の顔をにらみつけるしかなかった。


 また、子どもを無差別銃撃した事件で少女と共に逃走を果たしたと思われていた少年は、国会議事堂でのリサの銃撃で重傷を負ったものの、命は取りとめた。この少年は今も警察捜査隊監視の下で入院中だ。

 未成年ということで、現法では自白剤の使用許可は下りないが、法改正されればこの少年も自白剤使用対象になるだろう。


 少年と言えばもうひとり――『シベリカ加工食品工場』の倉庫内を殲滅した際、5人の遺体が確認されたが、その中にあの『弟が学校での虐めで自殺したことを逆恨みし、ルイを襲ったシベリカ人少年』が含まれていた。いや、ルイを襲った時は未成年だったが、倉庫の事件の時には18歳になっており、トウアの法では成人扱いとなるので青年と呼んだほうがいいだろう。彼は死という報いを受けた。


 ただ――『あの少女』だけは行方知れずだった。

 国会議事堂の第一本会議場で銃撃戦が行われ、その時には彼女はいたはずだ。

 国会を襲撃したシベリカ人工作員36名中、あの少女以外の35名は確保されたか死んだかしていて確認がとれていたが、少女だけが捜査の手から逃れた。


「決して逃がさない。必ず報いを受けさせてやる」

 リサは深く心に刻んだ。そして……病院から出てきたサギーを撃ったのは彼女ではないかと疑っていた。証拠はないが、何となくそんな気がした。


 それでも、兄を殺した犯人を捕まえることができて、リサの心には大きな区切りがついた。

「兄さんにも報告しなきゃ……」

 今度の休みの日には、兄が殺された銀行跡地でもある『金属加工センター倉庫』に行くつもりだ。報告には兄の墓前ではなく、そっちのほうがふさわしいように思った。

 そして――今でもリサは信じていた。あの犯人を捕らえることができたのは、兄が力を貸してくれたのだと。


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