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旧作  作者: hayashi
シーズン3 第5章「国会襲撃」
87/114

死に場所

前回までのお話。

国会が工作員らに襲われ、議事堂中央塔最上階では、サギーがクジョウ首相を捉え、背中にナイフを突き立てていた。そこに、追いかけてきたセイヤとリサが到着した。


 クジョウ首相はうずくまった。サギーはナイフを抜く。首相の息の根を止めるために頸部を狙って刺そうとしたが、リサの放った銃弾がそれを封じた。


 サギーの左肩が被弾する。軍用ナイフが床に落ちた。それを拾おうと動くサギーをけん制するかのように、床に転がっているナイフをリサは撃つ。刃に当たったのか、硬質な音が響く。サギーの動きが止まる。


 その間、背中に血を広がせた首相は床を這いながら、サギーから離れ、リサとセイヤのほうへ近づいてきた。


 サギーがゆっくりとリサのほうへ顔を向ける。

「観念しなさい、サギー」

 リサはサギーに銃口を向けた。


 と同時に突然、サギーは突進してきた。一瞬、リサはその勢いに気を削がれた。まわし蹴りがきたが、リサの前に駆け寄ったセイヤが盾で防ぎ、サギーを強く押しやり、転倒させた。


 しかし、床に転がりながらもサギーはセイヤに向けて、隠し持っていたナイフを右手で投げた。負傷した右腕ではたいした威力もなく、狙いも不十分だった。

 セイヤは盾で防ぐ。

 ナイフが空しく盾に当たり、床に落ちた。


 が、サギーは立ち上がり、回り込みながらリサを狙って、蹴りを仕掛けていた。

 リサは後ろに避け、セイヤがサギーの軸足を蹴り上げる。サギーは仰向けに後ろへ転がった。


「往生際悪いな」

 セイヤがボソっとつぶやく。

「……殺しなさい……」

 床から身を起こしたサギーが鋭い眼光を放ちながら吐いた。

「いいえ……ラクには死なせない」

 リサは銃口を向けながらも、冷たくサギーを見下ろす。


 空気が張り詰めた。

 が、やがて……険しかったサギーの表情が氷解していくかのように緩んでいく。

「……あなたたちに阻止されるとはね……」

 苦笑しながら、ため息をついた。


 そして、サギーの頭の中にある遠い記憶が手繰り寄せられる。


 ――そう、彼らが学生の時――

 リサが転入してきてから、私が支配していた教室の雰囲気が少しずつ変わっていった。一番変わったのはセイヤだった。そして、この二人が組んだ時、私はあの教室で負けた。


 そして、今も――

 物思いにふけながら、セイヤとリサとのこんな廻り合わせに、サギーは不思議な縁を感じていた。


「サギー、なぜ、こんなことをした? 国のためなのか? シベリカという国はそこまでする価値のある国か? 命をかけてまでやるべきことなのか?」

 セイヤは、微笑を浮かべるサギーに思わず問い質していた。本当に分からなかったからだ。

 その間、リサはサギーを警戒しつつも、首相のもとへ近寄り、怪我の具合を見た。サギーは利き腕の右が使えず、左手で刺したため、首相の傷は浅く、命に別状はなさそうだった。リサは応急処置を行う。


「国のため?」

 サギーは首をかしげていた。

「いいえ、これは……私なりのトウアへの復讐……」

「復讐って……トウアがお前に何かしたのか?」

 セイヤの問いに、サギーは笑ってしまった。


 ……トウアは私から『あの人』を奪った……

 ……もちろん、分かっている、お門違いの復讐だってことを。

 ……でも、復讐心こそ私にとって救いになった……

 ……国のために命をかけた? いいえ、私は国を利用したのよ。自分を救うために。

 ……復讐という行為が私の心に開いた大きな穴を塞いでくれた……

 ……彼の弔いのためにやった、と言いたいけど、結局は自己満足。

 ……自分の心を癒すためにやったことよ。


 ここで、ふとサギーは故郷の夜空を思い出した。満天の星がざわめくように輝き、トウアの夜景など足元にも及ばないほど美しい夜空。

 でも、それは電力不足という貧しさと引き換えの夜空だった。


 ……そうね、もうひとつ私が工作員になった理由としてあげるなら、国のためではなく、彼と私を育ててくれた貧しい故郷のために働きたかったの。私は早くから家族を亡くして一人ぼっちだったけど、彼や村の人たちに救われた。だから村に恩返しをしたかった。

 国の命を受け、ここまでトウアをボロボロにしたのだから、その報酬として、私の故郷には医療施設が整えられるはず……国とはそういう取引をした。シベリカ国はそういう約束はきちんと守る。じゃなければ、誰も工作員になんてならないわ。

 そう、国のために働く人間をその親族を含め、シベリカはとても大切にする。その代わり、国を裏切れば、本人はもちろん親族もタダではすまない。

 そうやって国民を牛耳る国。それがシベリカという国。


 ……つまり、私と国の利害が一致した……ただ、それだけのこと……


 けれど、そんな思いを説明しても仕方ない。シベリカ工作員それぞれにいろんな事情が、そして様々な動機があるだろう。

 サギーはもう満足だった。復讐は終わった。精いっぱいやった。大きく開いた心の穴は塞がれようとしていた。


「もっとトウアを破壊したかったけど、とりあえず成功と言っておこうかしら」

 まるで憑き物が落ちたように、サギーは穏やかな表情だった。


「これのどこが成功だ? トウア国にとっては甚大な被害を受けたが、シベリカが得することにはつながらない。多くの血が流れただけだ。これを契機にトウアは国として大きく変わるだろう。シベリカの好き勝手にはさせない」

 サギーの穏やかさとは対称的に、セイヤは怒りで顔が強張り、無表情になっていた。


「さて、どうかしら。まだ、この後も何か起きるかもしれないわ」

 そんなセイヤをからかうように、サギーは微笑んだ。


 セイヤは強張った表情のまま、口角だけ上げた。

「シベリカ軍がトウア国に侵攻する理由が欲しいか? ま、軍を動かす名目を作るための何らかの事件が起きるんだろうな。トウアにいるシベリカ人大虐殺か?」


 セイヤのその言葉に、サギーは一瞬、虚を突かれた顔になった。が、すぐに笑みを取り戻した。

「よく分かっているじゃない。さすがね」

「ああ、だからこっちもそれなりの手は打っているということだ」

「それなりの手?」

 サギーは興味深げにセイヤを見やった。


 ここでようやくセイヤは顔の強張りが氷解し、自然にどす黒い笑みが浮かんだ。自分も、こいつらシベリカ工作員と同じく、もう血塗られているのだ。ルッカーはもちろん、クジョウ首相も同罪だ。


「おめでたい『善なるジハーナ』の子孫であるクジョウ首相もオレも大いに反省し、『シベリカ』を見習ったってことだ」

 そう言いながらセイヤはクジョウ首相に目をやった。リサの傍らで痛みに顔を歪めていたクジョウ首相も一瞬、無表情になった。


「……そう……じゃあ、シベリカとトウア、どっちの手が上回るかしらね。すでに工作員は動いている。それを止められるかしら?」

 サギーは挑戦的な目をセイヤに向けた。

「何はともあれ、お前はお終いだ」

 セイヤが冷ややかにサギーを見返す。

「たしかに、そのようね。終わったわ……ようやく」

 サギーは相変わらず微笑んでいたが、観念したかのように深く息を吐いた。

 リサはクジョウ首相から離れ、サギーに歩み寄り、その手に手錠をかけた。


 ここで『ゴリラその1』と『メガネ』が7階展望室に到達した。

 振り向いたセイヤは軽く頷く。

『ゴリラその1』と『メガネ』はすぐに状況を察し、さっそく仲間に連絡をとり、救助を要請する。


 セイヤは再びサギーへ視線を移した。

「一般シベリカ人の虐殺は止めたらどうだ? 多くの血が流れるだけで、シベリカには何の得にはならない。虐殺を止める指示を出すなら、仲間への通信を許してやる」


「……何だ、さっきの言葉は虐殺を止めたいがためのハッタリ? がっかりね。そんな手にはのらないわ。やっぱり、あなたって善なるジハーナ人なのね」

 サギーはバカにしたような顔をセイヤに向けていた。


 するとセイヤはサギーに近づき、小声でつぶやいた。

「オレは大切なものを守るためなら、ほかは切り捨てることができる冷酷な人間だ。だから、けっこう『シベリカ』に共鳴する部分がある。オレだけじゃない。オレと思考が似た者も周りにけっこういた。だから実行に移せた。オレはほんの少しその手助けをした。多くの血が流れようが、オレは自分の守るべき人たちが守れるんなら何でもする悪人だ」


 それはぞっとするような低い声だった。

 サギーの傍にいたリサにも聞こえたようで、リサは訝しげな視線をセイヤへ寄こした。


「……だから、お前らが仕掛けるんだろうシベリカ人の虐殺を、命をかけてまで阻止しようとは思わない。ただ、それは無駄に終わることを忠告した。オレにできるのはここまでだ。任務は終了した」

 セイヤは話はおしまいだとばかりにサギーを見やった。その瞳はただの穴のように何の表情もなかった。

 サギーは無言のまま、セイヤを凝視した。


「さて、いい加減、おしゃべりはそこまでにしておけ」

 リサの後ろから『ゴリラその1』が注意した。

 救助隊が到着し、クジョウ首相を担架に乗せていた。エレベータは平常に動き出していた。

『ゴリラその2』と『クール』もやってきた。特命チーム6名が勢ぞろいした。


 リサは手錠をかけたサギーの背中を押し、行くように促す。

 その時、サギーはリサの耳元にささやいた。

「……私は死に場所を求めていたのかもしれない。昔の、学生時代のあなたにも同じ空気を感じた……でも、あなたはそこから脱したのね。セイヤのおかげかしら……」 

 リサはハッとしたようにサギーを見やった。

 だが、もうサギーは決してリサと視線を合わせようとはしなかった。


 空は血のような夕焼けで赤く染まり、展望室の窓際に鎮座するトウア建国記念碑がその赤い残照に包まれていた。まるで血塗られたかのように。 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 セイヤとリサはサギーを警察捜査隊に引き渡した。


 その後、右腕と左肩を撃たれたサギーは警察捜査隊に伴われ、トウア国立総合病院に連れられていた。治療を終え、様子をみるということで、警察捜査隊の監視のもとで入院することになった。


 サギーは皮肉にしか思えなかった。犯罪人の私を治療するくらいならば、善良で真面目な働き者だった『あの人』が病気になった時、なぜ誰も助けてくれなかったのか、と。『あの人』を救って欲しかった、と。


 今、サギーの左手にはあの指輪がなかった。持ち物は、あの指輪も含め、警察捜査隊が預かっていた。入院した部屋は警察捜査隊に囲まれ、サギーの傍らにも監視がついた。逃げ出すチャンスはなかった。

 怪我はそれほど深くなく、熱も出なかったので、翌日には退院となった。

 サギーは手錠と腰縄をされ、警察捜査隊員2名に伴われて病院を出た。


 警察捜査隊の車へ向かおうとしたその直後、銃声と共に、サギーの体が跳ねた。さらに続けて銃声が響く。

 サギーの胸と頭に穴があいていた。

 

 しかし、サギーは微笑んでいた。


 ……やっと……終わった……『あの人』は天国に行っただろうけど、私は地獄行きね。

 ……でも、それでいい……私はそういう生き方しかできなかったのだから……


 意識が途切れる瞬間、サギーは指輪がない手を見つめた。


 ……そう、私は死に場所を求めていたの……


 胸と頭が赤く染まっていくサギーの顔はとてもとても穏やかだった。そして……少し寂しげだった。

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