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旧作  作者: hayashi
シーズン3 第2章「消えゆく平和」
78/114

 中央都市ビル百貨店おもちゃ売り場での子どもへの無差別銃撃事件と、赤ん坊を人質に立てこもり事件での手榴弾や地雷を使用しての攻撃、そして建造物爆破事件があった後、しばらくの間は激務が続いていたが、ジャンとセイヤとリサは何とか乗り切った。


 それでも体は過重労働に悲鳴を上げ、心が擦り切れていった。

 捜査が一段落し、やっとまともな休みが取れたので、セイヤとリサは体を休めるべく、一日中ベッドの中でゴロゴロしていた。


 ――セイヤは夢を見ていた。

 やわらかい木漏れ日の中、赤ん坊を抱いていた。隣にはリサがいた。家族で公園かどこかに遊びにきているようだ。緑の芝生の上に敷物を敷き、お弁当を広げていた。

 とても穏やかで幸せな気分だった。

 だけど、赤ん坊の顔をのぞこうとしたところで目が覚めてしまった。


「何だ……夢か……」

 つい、ひとりごちた。

 すると、隣で「何?」と声がした。

 リサも目覚めていたものの起き上がるのが億劫で、そのままベッドに横になってボ~ッと過ごしていた。

「どういう夢?」

 リサは寝ながら、セイヤに顔を向けた。

「……いや、その……」

 なぜか言いよどんでしまった。

 なかなか答えないセイヤに、リサはからかうような笑みを浮かべた。

「もしかして、いやらしい夢でも見てた?」

「違うっ……ったく、先輩と一緒にするなよ」

「けど、幸せそうな寝顔してたよ」

「……赤ん坊……」

「え?」

「いや、その……どうしているかな。脱水症状起こしていたらしいけど」

「あ、セイヤが助けたあの赤ちゃんね。大丈夫、元気になったって聞いたじゃない」

「ああ」

「赤ちゃんが無事だっただけでも救いになったよね」

「ああ」

「ありがとう」

「ん?」

「赤ちゃんと私のことをかばってくれたじゃない」

「それを言うなら、オレもリサに救われた。リサがいなきゃオレは撃たれていた」

「……うん……」


 防弾ベストを身につけていたとはいえ、あの場面を思い出すと今さらながらにリサは恐ろしくなった。セイヤを失うなど考えられない。

 あの時――犯人が投げた手榴弾で、特戦部隊の隊員らが血まみれになって倒れていった。そのうち1人は亡くなった。かつての同僚で顔見知りだっただけにショックだった。たしか、子どもが生まれたばかりと聞いていた。

 地雷で亡くなった隊員も顔見知りのかつての同僚だ。こちらは結婚したばかりだった。

 二人の遺された奥さんのことを思うといたたまれなくなる。自分だったら耐えられない。家族を亡くすのはもうたくさんだ。

 ほかにも職場復帰が危ぶまれるほどの重傷者もいる。今も入院中だ。なんとか回復してほしい……

 

 今まではあまりの激務で、一時的に無感情になっていたが、犠牲者のことを思い出すとリサは胸が苦しくなった。殺された兄のことも思い出され、怒りと悲しみと悔しさと恐ろしさといった、どうしようもなくネガティブな感情に支配される。リサはそのネガティブな感情を体から追い出すように、セイヤに背を向け、息を吐いた。

 その時、セイヤの声が後ろから聞こえてきた。

「オレが撃たれていたら、放られた赤ん坊を受け止めることができず、おそらく赤ん坊も大怪我したと思う。打ち所が悪ければ死んだかもしれない。だからリサも赤ん坊を救ったんだ」

「うん……」

 救われた赤ちゃんのことを思うと、少し落ち着き、リサは寝返りをうった。

「……子ども……」

 またセイヤの声が聞こえた。

「ん?」

「平和になったら……子ども、欲しいな」

「……うん……」 


 リサも、セイヤの腕に抱かれていた赤ちゃんを見た時、二人っきりの新婚生活は充分楽しんだし、うちにもそろそろ……と思うようになっていた。

 けど……平和になるんだろうか? だってこれはもう戦争だ。今、巧妙に戦争を仕掛けられているんだ。

 ちょっと前まで平和は当たり前のことで、ずっと続くと思っていた。でも簡単に壊されちゃうものなんだ。これから、どうなってしまうんだろう……またリサの胸に大きな不安が広がった。


「……あ、結局、ぬいぐるみもソファもテーブルも買い損なったよな」

 しばし無言の後、またセイヤが話しかけてきた。

「そういえば、そうだね」

 すっかり忘れていた。

「次の休みの日に、買いに行くか?」

 セイヤはそう言ってくれたが、あまり買いたい気分にはなれなかった。あの悲惨な事件が思い出され、憂鬱になる。それにそういった贅沢が許されないような気持ちになっていた。ぬいぐるみもソファもテーブルもどうでもいいことのように思えた。

 でも……こんな投げやりな気持ちになることこそ、負けなんだ。

「これからも……」

「ん?」

「大切にしたいね、この暮らし」

 このかけがえのない日常を何とかして守ろう。だからこそ今の生活を楽しまなければ、とも思った。

「うん、次の休みの時、ソファとテーブルを買いに行こう」

「ああ」

 セイヤの力強い返事が聞こえた。


 中央百貨店はしばらく閉店していたが、最近再開したようだ。けれど、おもちゃ売り場はなくなってしまった。

 だから、ぬいぐるみは……買えない。たとえ売り場にぬいぐるみがあったとしても気持ち的に買うことができない。銃撃された子どもの一人は重い障害を負ったと聞いた。

 でも逃走した犯人が捕まり、いつかトウアの街が平和になった時、ぬいぐるみが欲しくなるかもしれない。

 その時もまた迷うかも……ああ、ペンギンもいいけど、やっぱりゴリラも捨てがたいと。


「よし、起きるか。ご飯作ろう」

 リサはようやくベッドから身を起こし、立ち上がった。

「その前に買い物、行ってこなきゃね。何食べたい?」

 何だかお腹が空いてきた。

「……じゃ、買い物しながら決めようか」

 セイヤも起き上がる。


 ――二人の時間が動き出した。


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