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旧作  作者: hayashi
シーズン3 第2章「消えゆく平和」
76/114

前回までのお話。

子どもへの無差別銃撃事件が起き、治安部隊は犯人らが逃げ込んだ『金属加工センター』を取り囲んだ。

 すでに『金属加工センター』の倉庫前に特戦部隊の面々が待機していた。

 ワゴン車から降りたジャン、セイヤ、リサは特戦部隊と合流した。昼下がりの湿気を含んだ重い空気がまとわりつき、汗が噴き出る。


 ファン隊長はじめ特戦部隊の面々とは久しぶりだった。

 でも……やはりファン隊長とは気まずい。ファン隊長のほうも感情を表さないものの、弱みを握っているジャンたちとはあまり関わりたくはないだろう。しかし、これも任務なので仕方ない。


 ジャン、セイヤ、リサは、ファン隊長から状況説明を受けた。

 ――犯人は逃走の途中で、ベビーカーを押して歩いていた母親を突き飛ばし、赤ん坊を抱えて逃走し、この倉庫に立てこもり、今現在、赤ん坊が人質にされている状態だという。

 なお『金属加工センター』は休みの日で、従業員と関係者全員に確認がとれており、倉庫には犯人らと赤ん坊以外の人間はいないとのことだった。


 倉庫はけっこう大きく、かなり奥行きがあった。その周りは塀で仕切られていたが、塀と倉庫の間は広く、倉庫正面口辺りはトラックが出入りできるようにもなっている。

 敷地内は不燃ゴミの類が置かれていたり、雑然としており、その奥にはプレハブの事務所があった。

 倉庫の出入り口は、正面のシャッター口と裏口のドアの2箇所だ。シャッターは閉じられていた。


「出入り口はいちおう鍵がかかっていたんですよね?」

「ああ、そこの小窓から侵入したと見ている」

 倉庫の側面の上のほうに、人が何とか一人通れるかというくらいの小窓があり、鍵の部分を中心に割られていた。

「あんな侵入しづらそうな高い小窓からよく入れましたよね」

「2人がかりなら侵入は可能だ。たとえば、一人の両肩にもう一人が両足をかけて乗って、二人とも立つことができれば、小窓に手が届く。1人侵入できれば、あとは中から裏口のドアの鍵を開けてやればいい」

 ジャンはそう言うが、セイヤは違和感を持った。


 ジャンが言うようなやり方は、肩を貸す下の者は上に乗る者を支える相当な力が要り、上に乗る者はバランス感覚はもちろんのこと、小窓に自身の体を引き上げる腕力がいる。一般の少年少女にそんな曲芸じみたことが簡単にできるだろうか……それとも彼らはたまたまそういったことが得意だったのか?


 残暑の太陽が、防弾ベストで身を固めた隊員らの体力をじわじわと削っていく。

 中にいる犯人らに呼びかけ、交渉を試みつつも、彼らの要求は「今現在、拘置所、留置所にいる全てのシベリカ人の解放」だった。あの中学校無差別銃撃事件の加害者少年と同じ要求だ。これで彼らもシベリカ人である可能性が濃厚となった。


 倉庫の中の様子を隙間をたどりながらファイバースコープカメラで探ったところ、倉庫奥にある裏口とは反対側の隅のほうに4人の犯人と赤ん坊がいるらしいことが確認できた。鉄板らしきものをまるで盾のように置いており、犯人らが飲みほしたのだろうペットボトルが傍に転がっていた。


 犯人を直接見ているセイヤとリサが呼ばれ、確認を求められた。

 ディスプレイに映し出された犯人らの姿はサングラスは外されていたものの、おもちゃ売り場で子供たちを銃撃したあの少年少女に間違いはなかった。


「このままでは熱中症が心配だ。犯人らは水分補給しているようだが、赤ん坊はそのまま放っておいているようだ。赤ん坊の命が危ない。二班に分かれ、突入準備を」

 ファン隊長は隊員らに指示した。


 その間、セイヤはずっと考え続けていた。

 ……前々からこの倉庫に目をつけ、予めここに逃げ込もうと決めていたとすると、今日が休みで倉庫に人がいないことも確認済みだろう。事を起こす前に、この倉庫で何かしらの準備をしていたとしたら……バックに工作員がつけば、相当な仕掛けができる。


 セイヤはファン隊長に待ったをかけた。

「トラップが仕掛けられているかもしれません。もう少し調べてから慎重に動いた方がいいです」

 しかしファン隊長は一籌した。

「犯人は中高校生くらいの少年少女なんだろう? たいしたことはできないだろう。赤ん坊の救出が優先される」

「拳銃を手に入れているということで、工作員が深く関わっている可能性も否定できません」

 セイヤは食い下がったが、ファンは取り合わなかった。


 とは言っても、セイヤらに『不倫問題の弱み』を握られているからか、ファンはそう邪険にせず丁寧に自分の考えを説明した。

「仮に、工作員が少年少女に銃を手渡し、この事件を起こさせたとしよう。工作員らの目的が、トウア人とシベリカ人をさらに反目させるために、トウア人の怒りを買おうとしたならば、もう叶っているだろう。この上、少年少女を逃がすために、工作員がわざわざ手間をかけるとは思えんな。逃走まで面倒をみようというなら、最初から少年少女なんて使わないだろう」


 たしかにファンの言うことにも一理あった。しかし、この少年少女はただの一般シベリカ人なのか?


 さらにファン隊長は口を歪め、こう付け足した。

「工作員が裏で糸を引いていたとして……少年少女を使った理由は、罪が軽くなるからだろう。被疑者が未成年の場合、尋問もそう厳しくできない。わが国は子どもの人権を非常に大切にするからな」

 ファン隊長もトウア国の甘さを苦々しく思っているようだった。

「我々にできるのは犯人を確保し、どこでどのようにして誰から拳銃を手に入れたかを明らかにし、銃の出所を突き止め、それが工作員絡みかどうかを捜査することだ」

 そう言うとファンは、話は終わりだとばかりにセイヤに背を向けた。


 この事件を嗅ぎつけたマスコミがそろそろ生中継で報道を始める頃だ。

 もちろんパトロール隊が規制線を張り、やじうまやマスコミの連中をこちらには寄せ付けないようにはしているだろうが、世間は固唾をのんで注目しているだろう。赤ん坊は必ず救いたいし、犯人は少年少女ということで、あまり乱暴なことはできない。せめて早期に解決したい……とファンは考えていた。


 特戦部隊1班2班は、それぞれ倉庫の表口シャッターと裏口のドアから同時突入する。

 ジャンたち特命チームは万が一の場合に備え、犯人を取り逃した時に動くことになった。

 犯人が少年少女であるため、射殺はもちろん怪我もさせないよう、よほどのことがない限り、犯人への銃撃は控えるよう指示がなされた。


「配置につこうぜ」

 ジャンは表口、セイヤとリサは裏口で、突入はせず、そのまま待機する。


「犯人が少年少女だから、こちらが甘く見たり、手加減することも相手の計算にあったとしたら……」

 セイヤは嫌な予感がしていた。


「何か気になることでもあるのか? ま、お前は心配性だからな……今までもそれに助けられてきたところはあるけど、今回のオレたちの任務は特戦部隊を補佐することだ。ファン隊長の指示に従うんだ」

 そう言うとジャンはセイヤの肩に手を置き、配置につくよう促した。


 セイヤはリサと共に裏口へ向かう。

 倉庫裏口すぐ近くにはプレハブの事務所があり、塀の向こう側は8階建ての古びたビルが倉庫を見下ろしていた。

 陽が傾きつつあったが、まだまだ夕方の空は明るく、依然として生ぬるい空気に包まれていた。脱水症状に陥っているだろう赤ん坊の体力が心配された。


 そしてついに――突入命令が下された。

 特戦部隊1班8名は表シャッター口から、2班8名は裏口からドアを爆破し、それぞれ突入していった。

 が、突入した後すぐ、大きな爆音がした。崩れるのでは、というくらい倉庫が揺れた。


「何があった」

 ファン隊長が叫んでいた。

『地雷が仕掛けられていたようです。1班、1名死亡、4名負傷』

 無線機から悲痛な声が応える。


 無事だった残りの隊員は、仲間の負傷者を外に引きずり出した。地面には赤い血が帯状に描かれていく。一人は足を失っていた。

 ジャンもまだ中にいる負傷者の救出に向かう。

 即座に全員一時退却の指示が出された。ほかにもトラップが仕掛けられている可能性があった。


 裏口から2班8名も退却し、外に出てきた。そして銃を構え、裏口を囲む。

 リサとセイヤは、2班から少し離れた後方に待機した。裏口ドアは破壊されており、薄暗い倉庫内が垣間見え、埃が光を浴びながら舞っていた。


 とその時、周囲で爆発音が轟く。倉庫周辺のあちこちの建造物から煙が上がり、ガラスの割れる音が辺りの空気を切り裂いた。

 人々の悲鳴が聞こえてくる。

 特戦部隊はもちろん、非常線を張っていた警察捜査隊やパトロール隊も何ごとかと、視線を方々に彷徨わせる。一瞬にして治安部隊は浮き足立った。


「これって……兄さんの時と同じだ」

 リサは一瞬、呆然とした。

 そう、あの銀行強盗立てこもり事件の時も、その近辺で複数の建造物爆破事件が起きた。銀行を取り囲んでいた治安部隊は、爆破事件のほうにも対処しなくてはならなくなり、右往左往してしまった。犯人はその隙をつき、パニックに陥った人々の喧騒に紛れて逃走を果たしたのだ。逃走を阻止しようとしたリサの兄を殺して。


 裏口を囲んでいた2班は周囲の爆破に気を取られ、裏口の内側から人の気配がしたことに気づかず、そこから外へ向かって何かが投げられたことへの反応が遅れた。

 とっさにセイヤはリサを抱えて、すぐ脇にある事務所の壁際まで飛び、リサの上に覆いかぶさり身を伏せた。

 手榴弾2個が炸裂し、2班8名の隊員らを襲った。


 耳をつんざく破裂音と共に人間の肉片が方々に飛び散る。

 硝煙と埃で空気が霞む中、隊員らのほとんどが血に染まりながら倒れ込み、うめき声をあげていた。任務を続行できそうな者はいなかった。


 と同時に、犯人の少年少女らが飛び出してきた。

 セイヤは即座に飛び起き、一団へ銃を構えたが、それに気づいた1人の少年が赤ん坊をこちらに放ってきた。


 とっさにセイヤは構えを解き、赤ん坊を受け止めようと、銃を手放してしまった。

 その時、セイヤに銃口を向けている少女がいた。

 ……しまった……やられる……


 銃声がした。

 セイヤは赤ん坊を受け止め、抱えながら倒れ、転がった。

 ふと顔を上げると、少女が右肩を押さえていた。撃たれたのは少女のほうだった。


 さらに銃声が続き、少年二人が倒れた。足を両手で押さえ、うめき声をあげていた。

 だがその間に、もう一人の少年と肩を撃たれた少女は、プレハブの事務所裏側の奥の塀に向かって走っていた。

 リサが狙いを定める。


 が、その時、すぐ隣の8階建てのビルから爆発音がし、5階の窓ガラスがほぼ全て割れ、ガラスの破片が広範囲に落ちてきた。

 ガラス片がキラキラ輝きながら、リサの上に降り注ぐ。


 起き上がったセイヤは赤ん坊を片手で抱きながら走り、もう片方の手でリサを自分の下へひっぱり込み、赤ん坊をかばいながら上から覆いかぶさり、頭を抱えて身を伏せた。

 また爆発音がし、さらにガラス片が雨霰のように降ってくる。防弾ベストが襲ってくるガラス片から守ってくれていたが、とても体を起こせる状況になかった。

 

 爆破が収まったと判断し、セイヤが防御を解き、顔を上げた時には、取り逃がした2人の犯人の姿はすでに見えなかった。

 セイヤの腕の中で赤ん坊が弱々しい声で泣いていた。なぜだか一瞬、この赤ん坊が自分の子どもに思えた。セイヤの下で、リサも顔を上げ、赤ん坊を見つめていた。

 

 この時、なぜかセイヤは……子どもが欲しい……と痛切に思った。

 ――そして、自分たちの未来を想う――

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