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旧作  作者: hayashi
シーズン3 第1章「憎しみの連鎖」
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閑話―耳垢の舞

挿絵(By みてみん)

 ここは中央地区管轄の治安部隊特命チーム専用室。

 ジャン、セイヤ、リサは、ルッカー治安局長直属の『隊の垣根を越えた特命チーム』に所属しており、まだ試用期間とはいえ、専用の仕事部屋を与えられていた。


「あれ、セイヤはどこに行った?」

「治安局長に呼ばれてましたけど」

「え、またか……局長に目をかけられているんだな……ここのチームリーダーはオレなのに」

 ジャンはちょっとだけ不満そうな顔をしつつも、「ま、いいか~、面倒なことはセイヤにお任せだな」とおおらかな性格でチームを率いていた。


 そんな大雑把なジャンと、慎重で細かいセイヤは『割れ鍋に綴じ蓋』的なけっこういいコンビだと、リサは生温かく見守っていた。

 なお、リサはセイヤの妻である。結婚してもう1年半経ったが、夫婦円満、そこそこ仲良く暮らしている。


 そこへセイヤが戻ってきた。

「局長、何の話だった?」

 さっそくジャンはセイヤに訊いていた。


「ああ……ええっと、かいつまんで言うと国防についての小難しい話ですが……興味ありますか?」

 セイヤはしれっと答える。

 案の定「いや、いい……」とジャンはそっぽを向き、書類仕事に戻った。


 けど、リサは分かっていた。セイヤが何かの機密案件に関わっていることに。ここんとこずっとセイヤは自分たちと別行動で、席を外していることも多かった。

 ……だからセイヤには何も訊かなかった。もちろん知りたかったけど、自分たちはそういう仕事をしているのだ。


 そこで昼休みのチャイムがなった。

 ジャンは立ち上がると速攻で部屋を飛び出し、売店に向かう。

 リサとセイヤはお弁当なので、机の上を片付け、お茶を用意し、席に戻った。お弁当の中身は、おにぎりとほんのり甘い定番の卵焼きに昨晩の夕食の残りの野菜の煮物と煮豆だった。おにぎりは、ご飯の中に具を入れてにぎり、海苔で巻いたもので、東にあるどこかの国の伝統料理だという。この間テレビで紹介されていたので、さっそく作ってみたのだ。


「ちぇっ、あんまりいいのが残ってなかった」

 ジャンはコロッケパンや卵サンドやハムサンドやカツサンドなど8個のおかずパンと牛乳をゲットして部屋に戻ってきた。


「けっこういいじゃないですか。カツサンドと卵サンドおいしそう……そうだ、明日はサンドイッチにしようかな」

 リサがジャンが机の上に広げた数々のおかずパンをうらやましそうに覗く。


 が、セイヤが異議を唱える。

「でもパンは血糖値が保たれないから、すぐにお腹空くぞ。血糖値が下がると、集中力も持続しないからな。コメが一番だ」


「まあね……」

 相槌打ちながら、リサはおにぎりにかぶりついた。海苔の香りが口に広がる。東の国の伝統料理、なかなかいける。


「セイヤは相変わらず小難しい言葉を使うな……食いたいものを食う。それでいいじゃん」

 あっという間におかずパン8個を早々に食べ終えたジャンは牛乳を飲み干していた。


「相変わらず食べるの早いですね」

 まだ1個目のおにぎりを食べ終えていないリサは呆れるようにジャンを見やった。


「先輩、よく噛んで食べたほうがいいですよ。その方が満腹感が得られるし、唾液が分泌されて、口の中の健康も保たれます。また、噛むことによる脳への刺激が、脳を活性化させるんですよ」

 セイヤもおにぎりを頬張りながら講釈を垂れる。リサがセイヤの健康を気遣ってくれるうちに、セイヤ自身も健康に興味を持つようになり、健康オタク化し、今ではリサよりも詳しいくらいだ。この弁当も、海苔という海藻類に、ニンジンやゴボウといった根菜類、卵焼きやおにぎりの中に入っている鮭など蛋白質、そして豆類と、なかなか栄養バランスも良く健康的なメニューになっている。


「……セイヤってほんと理屈っぽくて細かいよな。毎回言うようだけど、リサも大変だな」

 ジャンはそう言いながら、机の引き出しを開け、その中をごそごそとかきまわし、耳かきを手にした。


「まあ、セイヤが理屈っぽいのは今に始まったことじゃないし……毎回言ってますが、すっかり慣れました」

 リサは苦笑しながら、弁当をつつく。

 ちなみに弁当は、レトルトも利用するし、余裕のない時は作らない。食堂や売店もけっこう利用している。そのことではセイヤも口出しせず、リサにお任せだ。それに、ほかの家事はセイヤだってやっているのだ。

 お互い無理をしない、させない――無理な時は「できない」と相手に伝える。これがセイヤとリサ夫婦間のルールであり、そして夫婦円満の秘訣でもある。


「ふ~ん……」

 ジャンはすっかりくつろぎ、耳掃除を始めていた。


 隣の席でまだお弁当を食べていたセイヤはイヤな予感がしたので、お弁当を持ちながらイスをずらし、ジャンから距離をとった。

 そんなセイヤにジャンはニヤッと笑いかけながら、突然――耳かきのスプーン部分にホッコリと乗っていた耳垢をセイヤの弁当に向けて、ふ~っと勢いよく吹いた。


「あ~っ、何するんですか~」

 セイヤは弁当に蓋をしたが、すでに時遅しといったところか……


「ふりかけだ」

 ジャンは意地悪そうな笑みを浮かべながら、言い放った。

「オレの目の前で愛妻弁当広げるヤツが悪いんだ」


「先輩って、たまに子どもじみたイタズラしますよね」

 呆れたようにため息をつきつつ、リサはそっと自分のお弁当に蓋をし、防御した。が、実は……耳かきのスプーン部分に乗っていたジャンの耳垢の大きさが気になってもいた。チラっと見ただけだけど、かなり大きかった気がする……リサはちょっとウズウズしてきた。


「イタズラではなく、かなりタチの悪い苛めだ」

 恨みがましい視線をジャンに投げかけ、セイヤがぼやく。まだ弁当にはおかずが残っていたが、とても食べる気になれなかった。けど、まだ満腹には程遠く、これから夕飯までの間、どうしようと本気で悩んだ。ジャン先輩の耳垢が弁当まで届いたかどうかは定かではないし、届いていない可能性も高い。せっかくリサが作ってくれたおかずを捨てるのももったいない。洗って食うか……


 そんなセイヤを尻目にリサは立ち上がり、ジャンの席に歩み寄り、無言でジャンの手から耳かきを奪った。

「ん? リサ、何するんだ」


 ジャンの問いを無視し、リサは自分の席に戻った。そして隣の席に座っているセイヤの頭を抱え込み、いきなり自分の膝に置いた。

「え?」

 突然のことにセイヤも固まった。


「久しぶりだから、けっこうたまっているかも」

 リサは、ウズウズしながらセイヤの耳たぶを軽くひっぱり、ジャンの耳かきでセイヤの耳掃除を始めた。


 ジャンは目を見開き、ついでに口もあんぐり開けたまま、リサがセイヤの耳掃除をする様を眺めていた。セイヤもいきなりのリサの行動に目を白黒させるしかなかった。

「いや、リサ、ここで?」

 セイヤとしてはジャンの耳かきなんかで耳掃除をしてほしくはなかったが、しかし、リサの膝の上で耳掃除をしてもらうのは至福の時でもあった。


 そう、早くに両親を失ったセイヤとしては、母親に耳掃除をしてもらった記憶はおぼろげだった。そのためか耳掃除をしてもらうことは長年の夢でもあった。

 けど結婚した当初、「耳掃除してほしい」となかなか言えなかった。それでも、これ見よがしにリサの目の前で自分で耳かきをし、「うまくとれない……」とリサに聞こえるようにぼやいてみたところ、「じゃあ、やってあげようか」と願ったりかなったりの反応があり、それからはずっとリサに耳掃除をしてもらっているのだ。


 今もイスに座ったままリサの膝の上に頭を乗せているため、姿勢はキツイが、耳掃除の気持ち良さにジャン先輩の存在を忘れかけていた。ちょっと品のない言い方をすれば、リサの太ももは意外とムッチリしていて、最高の膝枕でもあった。


「きゃ~、大きいのがとれたわよっ」

 リサは耳かきのスプーンの上に乗っている『セイヤの大きな耳垢』に感嘆の声をあげた。そして、それをしばし眺めた後、「さよなら」と名残惜しそうに耳垢に別れを告げ、ジャンに向かって、ふ~っと思いっきり吹いた。

「やられたら、やり返すのよ」


「……」

 リサにセイヤの耳垢を吹きかけられたジャンはなおも無反応だった。


「もう片方の耳もたまっていそうだから、続きは帰ってからね。今夜も大漁よ」

 リサは膝の上のセイヤに向かって言った。セイヤは無言で頷いた。今夜が楽しみである。


 そこでようやくジャンは我に返って立ち上がり、リサの膝の上からセイヤを起こし、胸ぐらをつかみ、吠えた。

「お前ら、夜な夜なそんなプレイまでしていたのか~っ、あまりにうらやましすぎるぞっ」


「……何でいつもいつもそういう下品な言葉に変換するんですか。『プレイ』ではなく、ただの耳掃除ですから。それに夜な夜なじゃありません。昼間もやってもらうことあります。現に今だって昼だし」

 セイヤは面くらいながらもジャンに反論した。


 が、ジャンは聞いちゃいなかった。

「オクテのくせに、オクテのくせに、オクテのくせに、何でお前ばっか、いい思いしているんだっ」


「じゃあ、先輩も耳掃除しますか?」

 リサは自分の膝をポンっと叩いた。


「え?」

 ジャンとセイヤは同時に声を出した。


「さあっ」

 さらにリサはポンポンッと太ももを叩いて、ここに頭を乗せろとばかりに誘う。


「いいのか?」

 思わずジャンはセイヤに向かって尋ねた。


「ダメに決まっているでしょ。リサ、何言ってるんだ?」

 ジャンがリサの太ももに触れるなど、あってはならないことだ。


「……冗談よ……でも先輩のも大きいのがとれそう……」

 ちょっと興味あり気にジャンの耳を見つめながら、リサは耳かきを返した。

 そう、セイヤの耳掃除をするようになってから、大きな耳垢を取るのがリサの趣味になってしまったのだ。大きいのがとれると、なんというか達成感がもたらされ、快感をおぼえた。


「……セイヤのより先輩のほうが大きそうよね」

「オレので満足しろよ……」

 まだジャンの耳を名残惜しそうにチラチラ見ているリサにセイヤがつぶやく。


「……お前ら、その会話、誤解を生むぞ……」

 さすがのジャンもそれ以上はセイヤを弄ろうとはせず、リサから返してもらった耳かきで耳掃除を再開しようとした。が、耳かきを耳の穴に入れる前にハッとした様子で立ち上がった。

「いけね……これ、セイヤの耳を掻いていたんだよな……洗ってこなきゃ」


「こっちだって、先輩の耳かきなんて二度と使いたくないです。というか、弁当のおかず、どうしてくれるんですかっ」

 部屋を出ようとするジャンの背中にモンクをぶつけつつ、今度から『マイ耳かき』を持ってこようと思ったセイヤであった。


 そんな二人を尻目に、いつの間にか弁当を食べ終えたリサは大きく伸びをした。

「さて午後から、射撃行ってくるかな」


 リサは弁当を片付けながら、くつろぎモードから戦闘モードに入りつつあった。穏やかだった顔が一転、厳しい表情になりつつも不敵な笑みを浮かべていた。

 今ではリサの射撃の腕は治安部隊の中でもトップクラスだ。

「今度、ここにやってくるっていう軍の連中にも負けたくないしね」


 この『特命チーム』は今のところ、ジャンたち『元特戦部隊チーム3名』しかいないが、軍からの出向組4名で構成されるチームが新しく加えられる予定になっていた。


「じゃ、オレも」

  昼休みを終え、セイヤも気を引き締めた。弁当は結局、残した。

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