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旧作  作者: hayashi
シーズン2 エピローグ
65/114

共鳴―リサ

挿絵(By みてみん)

 ルイの傷害事件から間もなく、またトウアのマスメディアは大騒ぎをしていた。


 中学校のあるクラスに仕掛けられたらしい爆弾によって、そのクラスの大半の子どもたちが死亡した。

 現場は惨状を極めた。その教室内には、黒コゲの、あるいは皮膚が焼け爛れ、肉片が散り、四肢がバラバラになった子どもの死体で埋め尽くされたという。


 以前、そのクラスではシベリカ人生徒への虐めがあって、そのシベリカ人の子が自殺した。

 その子は……ルイを襲い、傷害事件を起し、3か月の少年院送りになっていた少年の弟だった。


 爆弾は、あのトウア地下鉄中央駅爆破事件と同じタイプのものだという。地下鉄駅爆破事件と中学校爆破事件は同一犯人による可能性が出てきた。

 となれば、シベリカ工作員らの組織的犯行の可能性は捨てきれない、と一部のマスコミが報道し、トウア人のシベリカ人への嫌悪感がより加速化した。


 そして――今回、爆破で殺された子どもの親たちを中心に「シベリカ人はトウアから出ていけ」という反シベリカデモが始まった。

 トウア人によるシベリカ人への過激な嫌がらせもますます増えていっているようで、トウア人を嫌悪するシベリカ人も増加傾向にある。


 ――こうして憎しみは連鎖していくのかもしれない。


「サギーが関わっているのかな……」

 この中学校爆破事件のニュースを見ながら、私はつぶやいた。


 セイヤは嘆くようにこう答えた。

「公安からの話だと、サギーに動きはなかったとのことだ。あまりに動きがないので、公安はサギーの監視を打ち切る方向にいくかもしれない。公安のほうも人手不足だからな」


 中学校爆破事件については、私たち特命チームは捜査に呼ばれていない。正規の警察捜査隊が動いている。

 それでも、子どもたちの遺体の様を想像した私は、一時また肉が食べられなくなってしまった。

 

 ……こんな弱い精神力では、サギーたちシベリカ工作員らに勝つことができない……

 ……自分の弱さがなさけない……悔しい……


 そう思って、無理に肉を口に押し込むようにした。でも……なかなか飲み込めない。肉を咀嚼しているうちに、何だか怒りが涌き上がり、闘志に火をつけてくれた。そうしてやっと肉を飲み込んだ。

 

 この事件をきっかけに、学校や駅はもちろん人の出入りが多い建造物、遊興施設や繁華街のあちこちに監視カメラを設置するところが多くなり、いたるところに民間の警備員が配置されるようになった。


 だけど、銃が携帯できない民間警備員では心許ないということで、いずれは治安部隊による警備制度ができるかもしれない。

 今のトウア世論では、銃を携帯させた治安パトロール隊を街のいたるところに配備すべきだという強硬案も浮上している。ただ、それを実現するには今の20倍30倍の人員がいる。


 公安隊の強化も叫ばれていた。「トウアは監視社会になる」と警鐘を鳴らす者もいたが、「治安が大事」という意見のほうが圧倒的だった。


 ……サギーのようなシベリカ工作員を何とかしない限り、一時的に監視社会になるのは仕方ないのかもしれない。

 とにかく今は、圧倒的に治安部隊の人員が足りない。それなりの予算がつき、治安部隊が強化されるまで、何とか街の治安を維持し持ちこたえなくては。


 ――それからの私は、狂ったように射撃訓練に励んだ。

 軍での高度な訓練も希望した。軍からは「女性には無理」と拒否されたけど、ルッカー治安局長に頼み、軍との合同演習に参加させてもらうことになった。


 あの時……刺されたルイが崩れ落ちていった姿は、まさに兄さんと一緒だった。ルイと兄さんが重なり、血に染まったその姿が何度も思い起こされた。

 あれもサギーが関わっていたに違いない。だから、あの場にサギーがいたんだ……


 射撃訓練では……的を外すと、私の頭の中では、兄さんだけではなく、ルイの体も血染めになってしまうようになった。

 その時は死ぬほど、自分が許せなくなる。

 反対に……的に当たれば、兄さんを殺した犯人と、そしてサギーの体が血に染まった。その赤い血はとても美しかった。とてつもなく、いい気分だった。


 ……そう、心の中では、私の手はすでに血に染まっていた……

 サギーを仕留めるまで、そして、兄さんを殺した犯人を仕留めるまで、私の心は血に染まり続けるのかもしれない。


 でも、それが悪いとは思わない。セイヤはもちろん、ルイやジャン先輩や大切な人たちを守るためなら、自分の手が血に染まってもかまわない。喜んで『悪』になれる。


 世間では相変わらず人権にうるさい市民団体は射撃訓練を「殺人訓練」と揶揄しているけどね(笑)


 ――殺人訓練、上等――

 戦いを拒否すれば平和が手に入るというのは幻想だ。

 最初から裕福で恵まれた社会にいる者が、その富を手放す覚悟もなく、搾取される側に立たされる覚悟もないのに、単に不戦を唱えて善人面している連中に虫唾が走る。


 そんな連中に較べたら……なりふりかまわず戦っているように思えるサギーのほうに、なぜか共感を覚えるようになってしまった。

 学生時代、サギーは『絶対平和主義』を押し付けてきたけど、それは工作の一環だったに過ぎず、本当はバカにしていたんだ。今なら分かる。


 そして、おそらくサギーも『たいした覚悟もなく善人面した人』が大嫌いなのでは……と。


 ……そうか、サギーと私は『手を血に染める覚悟を持った者同士』なんだ。だから共鳴するものを感じるんだ。

 だから、あの時――ルイが襲われ、私が血に染まった手をサギーに見せた時、サギーは頬を緩め、微笑んだんだ。

 そう、私をバカにしたから笑ったのではない。

 何て言うのか、サギーは私のことを認めてくれた気がした。手を血に染める覚悟を見せた私を『対等』と見なした。


 ――あの時、私はサギーの『本当の敵』になれたんだ――


 ……サギーと私は似ているのかもしれない。

 いえ、サギーに私が似てきた?


 もちろん、サギーは許しがたい敵。

 なのに、そんなサギーに共鳴するものを感じるなんて……どうかしている……。


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