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旧作  作者: hayashi
シーズン2 断章
63/114

復讐

 オレの弟が死んだ。まだ13歳だった。

 学校の屋上から誤って落ちたということで事故として処理された。


 屋上には数人のクラスメートらがいた。

 弟は自分からフェンスを乗り越え、悪ふざけをしていたと言う。


 ウソだ……

 弟は無理やりにそうさせられたのだ、いじめっ子のクラスメートたちに。


 地面に激突した弟の頭蓋骨は割れ、虐めの記憶を破壊するかのように脳漿が頭から飛び散っていた。


 学校ではトウア人によるシベリカ人への虐めが問題になっていた。

 先生たちは「平和主義、人権主義」を唱えながら、何一つ有効な対策をとってくれず、弟はトウア人らに虐め抜かれた。


 先生もしょせんはトウア人。いじめっ子と同じ穴の狢だ。いじめっ子らのウソを易々と信じ、弟の飛び降りを事故とした。

 ほんとは先生も感づいていたはずだ。でも平和人権教育をしていた自分のクラスで虐めがあったことなど認めたくなかったのだろう。最低なヤツラだ。


 いや、何もできなかったオレこそ最低だ……。

 弟が虐められていることは、うすうす分かっていた。

 なのに見て見ぬふりをしてしまった。


 ――なぜ、先生や弟を虐めたヤツらと戦うことができなかったのだろう。


 やっぱりトウア人に遠慮があったからなのか……

 オレ自身も通っている高校で、一部のトウア人らに嫌がらせを受けていた。


 弟の葬式でぼんやり考え込んでいたら、知らない女の子がやってきた。弟と同じ年頃に見えた。無表情な瞳をした子だった。


 何となく気になり、オレは『彼女』に話しかけてみた。

 すると『彼女』は「弟の自殺事件に痛ましさを感じ、葬式に参加できずとも、弟の冥福を祈るためにやってきた」と遠慮気に答えた。

 

 通っている中学校で『彼女』もトウア人から酷い虐めを受けているという。ただ、弟と同じようにそれは最初からではなく、ごく最近になってからだという。

 そう、あのルイ・アイーダがテレビに登場し、あの女の発言が世間に影響を与え始めてからだ。


 ルイ・アイーダはこれからもテレビで、シベリカの悪口を繰り返すのだろう。

 そして、オレたちシベリカ人はますます嫌われるんだ……


 多くのシベリカ人たちは、こんなトウア社会で生きていくのが辛いとこぼしている。でも生活基盤はトウアにあるので、トウアから離れることは簡単にはできない。


 ルイ・アイーダがいる限り、トウア人によるシベリカ人差別はなくならない……


 無表情の『彼女』を見て、弟の姿を思い出した。

 弟も死の直前、無表情で何の感情も現さなかった。世の中をあきらめている、自分にあきらめている。だから泣くこともなく、辛さを顔に出すこともなく、表情が消えていったのだろう。

 そう、すでに心が殺されていたんだ。それほどに虐めが耐えがたく、酷いものだったに違いない。


 ――今度こそ、戦わなくては。


 オレは何もせず弟を死なせてしまった……もう二度と同じ過ちは犯さない。だから『彼女』を死なせてはいけない。心からそう思った。


 ――どうすればいい?


 そうだ、まずはテレビでシベリカの悪口を言いふらすルイ・アイーダを何とかしよう。


 何気に「ルイ・アイーダの情報が欲しいよな」と『彼女』に話しかけたら、『彼女』はオレに協力すると言ってくれた。『彼女』には心許せるシベリカ人の仲間がほかにいるそうで、相談すれば皆も協力してくれるだろうとのことだった。


 それからまもなく――

 ルイ・アイーダに天誅を下す日がやってきた。友人らしき3人とトウア市立動物園に行ったという情報を、『彼女』の仲間たちがつかんだのだ。


 ルイ・アイーダは日頃は車での移動が多く、襲うのが難しかったが、動物園や公園ならば、わりと長い時間散策するだろう。

 オレはさっそく動物園に行き、ルイ・アイーダを探した。変装じみた格好をしていたけど、すぐ見つけることができた。


 ルイ・アイーダと一緒にいるのは男2人女1人だった。


 ……ルイ・アイーダが一人になる時があればいいのだが……幸運にも、その時がやってきた。


 オレはルイ・アイーダに背後から近づいた。

 そして、刺した。

 弟の無念を思い知れ――レイシストめ――


 ナイフを引き抜いた。ルイ・アイーダの顔が歪み、その体から血がこぼれた。いい気味だ。


 もう一度刺してやろうと思った。今度は『彼女』の分だ。

 だが、離れたベンチにいたルイ・アイーダの友人の女が気づき、こちらへ猛ダッシュしてきた。


 ――そういえば、あれは……以前に話題になった『特戦部隊のヒロイン』じゃなかったっけ?

 ずっとルイ・アイーダだけ見ていたから、『ヒロイン・リサ』がいるとは気づかなかった。

 ヤバイ、あれはただの女じゃない。格闘術の訓練も受けている治安部隊の隊員だ。


 オレは逃げた。

 チッ……『彼女』の分は刺せなかった。


 それから……

 逃げ帰ったオレは『彼女』と彼女の仲間に、ルイ・アイーダを刺したことを報告した。


「ありがとう」

 相変わらず無表情だったが『彼女』はお礼を言ってくれた。その言葉に心が感じられなかったが、仕方ない。きっとトウア人らの虐めで心を殺されてしまっているのだろう。

 いつか、感情のこもった『彼女』の「ありがとう」が聞きたい……


 仲間たちも口ぐちにオレを讃えた。そして心配してくれたのだろうか、こう続けた。「このままでは捕まってしまう」


 いや、大丈夫。オレは未成年だ。しかも、あの分じゃルイ・アイーダは死なない。たいした罪に問われない。少年院行きだとしても短期間で済む。


 それに、さっそくテレビではアサト・サハーというヤツがオレを擁護してくれているようだ。

 そう、シベリカのことを悪く言って、シベリカ人を差別するよう仕向けたルイ・アイーダの自業自得だ。ルイ・アイーダは、シベリカ人の恨みを思い知るべきだ。


 仲間たちは弁護士を紹介してくれた。弁護料はそんなに払えないと言うと、シベリカ人の皆でカンパしてくれるという。


 少年院から出たら、オレも仲間になりたい……そう言うと仲間たちは「嬉しい」と喜んでくれた。

 仲間たちの目的は、各地方に点在するシベリカ人街をトウアから独立させることだ。

「一緒に戦おう」


 トウアから独立できれば、トウア人に虐められずにすむ。

 そう、ここはシベリカ人の街だ。シベリカのものだ。トウア人は追い出してやれ。


 仲間たちは、まず手始めにオレのために弟の仇を討つ計画を練ってくれた。


 ……そうだ、弟を虐めたヤツらへも仕返ししなければ。

 あいつらは弟の葬式に出席はしたものの、反省している態度は全く見られなかった。

 葬式が終わったら何事もなかったかのように、あいつらはおしゃべりしながら楽しそうに帰っていったんだ。

 あいつらはルイ・アイーダよりも罪が重い。弟のクラスのやつら全員、弟と同じ目に合わせてやりたい。


 そんなオレに、仲間たちは「まかせておけ。シベリカ人の恨みを思い知らせてやる」と力強く応えてくれた。オレが少年院にいる間に片をつけるという。


 そう、今のオレには心強い仲間がいる。


 ――トウア人め、思い知るがいい――

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