独り
トウア国立総合病院――『発電所立てこもり事件』で負傷したリサが入院した同じ病院に、ルイもお世話になっていた。特等室ということで、シャワーやトイレも付いたゆったりとした個室だった。部屋の外にはルイが雇った護衛2人が鋭い目線をあちこちに流しながら並んでいる。
「具合はどう?」
リサとセイヤとジャンがルイを見舞った。
「うん、もう大丈夫。ほんと心配かけたね」
ベッドから半身を起しているルイは一見、元気そうだった。
「申し訳ない。あんなとこに誘わなきゃ、こんな目に合わなかったよな……」
めずらしくジャンがしょんぼりしていた。
「いえ、誘ってくれて嬉しかったです。またぜひ誘ってくださいね」
ルイは笑みを浮かべる。
「お……おう、ぜひお誘いします。お前らも付き合うんだぞ」
根が単純なのかジャンはすぐに元気を取り戻し、セイヤとリサに偉そうに言いつけた。
「犯人は一般のシベリカ人です。私はどこにいても狙われたと思います。皆と一緒の時で、むしろラッキーだったかもしれません」
ルイはそう言うと気持ちを引き締めるかのように笑顔を引っ込めた。
「警戒を解いていた私が悪かったんです。これからはいつも護衛をつけます。決して油断しません。戦いはこれからです」
そしてルイは窓へと雲がうすくかかった空を見やった。
――楽しい幸せな時間は終わった――
病院をあとにしたセイヤ、リサ、ジャンはしばらく無言だった。
やがてジャンが確認するかのようにセイヤに訊いてきた。
「ルイさんを刺した犯人はシベリカ工作員じゃないんだろ」
「はい……公安も調べてくれましたが、工作員とは関係のない一般のシベリカ人です」
「ルイさんもショックだろうな。一般人に恨まれるようになっちまったとは」
「今ではますますトウア人とシベリカ人はお互い警戒し合う空気になりましたね」
セイヤもリサもジャンも口には出さなかったが、4人がそろって外に出かけ、心穏やかに楽しく過ごせる日は二度と来ない気がした。
まだ春は遠く、寒気が3人を包み、そこに刺すような冷たい風が吹き抜けていった。
・・・・・・・・・・
その翌日、まだ入院中のルイのもとにめずらしい見舞い客が現われた。アントン・ダラーだった。
「びっくりしたぜ、お前が刺されたって聞いた時は」
アントンはルイのベッドの傍らにあるイスに腰掛けた。
「またネタになるわね。インタビュー、いつでもOKよ」
ルイも笑みを浮かべた。
「ああ、よろしく頼むぜ。ま、元気そうで何よりだ」
アントンは片方だけ頬を上げる。
「ええ、こんなことで戦意喪失していられないもの」
そう答えたルイに、アントンは目を細めた。
「……お前は何のために戦っているんだ? 旧アリア国の名誉回復のためか?」
一瞬、考え込んだルイはこう答えた。
「まあ、そういうことになるかしら。学校でも散々、戦犯扱いされたものね。だから、あなたも私をイジメたんでしょ」
「……」
「ま、でも、もう昔のこと。どうでもいい」
「……いや、オレは、お前が『戦犯の子孫』だからイジメたわけじゃない……」
「え?」
「いや、別にいい……忘れてくれ」
それから、しばし二人は無言だった。
やがてその沈黙を破り、アントンが口を開く。
「お前は……セイヤが好きじゃなかったのか?」
ルイはすぐには答えなかったが、アントンからの視線を逸らしながら、うすく笑った。
「それも昔のこと。あれから何年経ったと思っているの?」
「そうか……」
「それにね、セイヤはけっこう大変な男よ。リサの話を聞いていると、ヘンなところにこだわるし、束縛するって言うしね。最近ではリサにはもれなくセイヤがついてくるって感じよ」
「ああ、それにあいつは結構、黒いとこもあるし、切れるとヤバイしな」
アントンとルイは声を出して笑い合った。
「あなたと笑い合える日が来るなんてね、リサのおかげね」
「まさか、セイヤの嫁が和解にくるなんてオレも想像していなかった。ま、できた嫁だよな」
アントンはちょっとセイヤがうらやましかった。
……やっぱり、今でもあいつは気に食わない。
……子どもの時、ルイと仲が良かったあいつに意地悪をした。あいつに恥をかかせようと思って、あいつの惨めな姿をルイに見せつけた。
……でも結局、オレはますますルイに嫌われただけだった。そして、あいつの狂ったような暴力にルイは同調し、あいつと一緒にオレを嘲笑した。
……そう、あいつも黒いが、ルイも相当だ。
けれど、アントンは今の状況に満足していた。自分の性格は基本、底意地悪いし腹黒い。ただ、利用できるものは利用し、実益を得るほうを優先させる。自分にプライドなどなかった。プライドがあったら、逆にやっていけなかった。
「ま、オレもライターとして、おいしい思いをさせてもらえているしな、せいぜい利用させてもらうぜ」
「ええ、お互い、利用し合いましょう。ウィン・ウィンの関係で」
「ああ」
アントンは頷きながら立ち上がった。そして部屋から立ち去ろうとした時、ルイには背を向けたまま、独り言のように話しかけてきた。
「セイヤは絶対的な味方を得たよな。お前にもそこそこ信用できる仲間はいるんだろうが……セイヤとリサのような絆とは違うだろう。独りで戦っていけるのか」
ルイもアントンに顔を向けずに、こう答えた。
「私の戦いは皆と目的が違う。だから独りでいい」
「そうか……」
アントンはルイに目をやることなく、そのまま立ち去った。
ルイは窓の外を眺めた。
厚く重い雲に覆われた寒空の下、モノクロのような侘しい光景が目に映る。遠くの海も灰色にくすんでいた。